第7回「自己責任」が問われる大会(6月26日@ヨハネスブルク)=宇都宮徹壱の日々是連盟杯2009

宇都宮徹壱

活気溢れる金曜日のダウンタウンにて

地上50階。「アフリカの最上階」カールトン展望台から望むヨハネスブルクの全景 【宇都宮徹壱】

 南アフリカ滞在7日目。マイケル・ジャクソン突然の死去のニュースが世界中を駆け巡ったこの日、当地でもこの話題は、前夜の南ア代表の健闘(ブラジルに0−1で惜敗)以上にトップニュース扱いであった。6月14日から開幕したコンフェデレーションズカップ(コンフェデ杯)も、残すは28日の3位決定戦と決勝を残すのみとなり、すでに国民の関心は来年のワールドカップ(W杯)開幕に向けられるようになった感が強い。そこで当連載も、オフ日となる26日と27日の2回は、来年の本大会に向けて、われわれ日本のファンが南アでの本大会にどのように臨むべきかについて言及する機会に充てることにする。今回は、今大会最大のネックとなっている当地の治安について。実際に南アで1週間を過ごしてみた実体験をもとに、あらためて考察してみることにしたい。

 この日、私は同宿している仲間たちと、ヨハネスブルク市内をツアー観光することにした。金額は1人420ランド(約5000円)で、時間にしておよそ3時間ほど。若干、割高に思えるかもしれないが、昼間でも強盗事件が頻繁に起こるとされるヨハネスブルクにあっては、十分に納得できる金額だと思う。繰り返しになるが、この地では「安全は金で買うもの」と認識するしかないのである。
 ツアーの内容は、オールド・フォート&コンスティテューションヒル(アパルトヘイト時代の旧刑務所)、カールトン展望台(アフリカで最も高い50階建てのビルの展望台)、そしてミュージアム・アフリカとマーケット・シアター。あとでガイドブックを見たら、市内の主な見どころの半分をカバーしていたことが確認できた。ただし、ヨハネスブルク駅前については「あそこは危険すぎる」ということで、ツアーバスは素通りすることとなった。やはり駅前だけは、別格の危険地帯らしい。

 この日は金曜日とあって、ダウンタウンではかなりの人出があった。これまでは、エリスパーク・スタジアムでの帰り道、深夜の闇に沈んだ街並をシャトルバスの窓越しにしか見ていなかっただけに、活気溢れる風景には実に新鮮な魅力が感じられた。最も印象的だったのは、カールトン展望台。「アフリカの最上階」だけのことはあって、ここからはエリスパークも、そして現在建設中のソウェトのサッカー・シティも一望することができた。ちなみに、隣接するカールトン・ホテルは、治安の悪化により休業状態が続いていたが、W杯開催に向けてリニューアルオープンする予定だという。とはいえ、どんなに料金サービスをされても、さすがにここには泊まりたくはないと、内心思った次第である。

「ないことにされている」治安の悪さ

ツアーバスから撮影したヨハネスブルクのダウンタウン。意外と活気に満ち溢れている 【宇都宮徹壱】

 W杯や五輪のような巨大なスポーツイベントでは、たいがいの場合、開催国の“恥部”というものは巧妙に隠ぺいされる。W杯でいえば、1978年のアルゼンチン大会において、当時の軍事政権が、弾圧下にあった庶民の生活を海外のメディアに極力見せないように、細心の注意を払っていたことは有名な話だ。五輪においても、古くはナチス政権下のドイツにおける36年のベルリン五輪、最近では共産党一党独裁の中国における2008年の北京五輪でも繰り返された。時の為政者にしてみれば、華やかなスポーツイベントにおいて「庶民の厳しい現実」というものは、はっきりいって「邪魔なもの」以外の何ものではなく、ひいては現政権の不当性を世界中に露呈してしまうリスクさえもはらんでいる。

 現在の南アは、幸いにして軍事独裁政権でも共産主義政権でもない。それでも治安の悪化の原因が、現政権の無作為によるものであることは論を俟(ま)たない。そしてそれは、W杯を開催するFIFA(国際サッカー連盟)にとっても死活問題である。ブラッター会長は、昨年12月のクラブW杯で来日した際に「2010年W杯は、必ず南アで開催される」と断言した上で、ホスト国の治安の不安について記者から質問を受けると「私の祖国スイスにだって、残念ながら犯罪はある。治安のことばかりを質問するのは失礼ではないか」と開き直ってみせた(あの時「だったらヨハネスブルクの駅前を、お一人で歩いてみてはいかがでしょうか」と言ってやればよかったと、今さらながらに後悔している)。いずれにせよ、南アの組織委員会にとっても、そしてFIFAにとっても、この国における治安の悪さは「ないことにされている」のが実情だ。

 今回のW杯で最も注意すべきことは、主催者側が「本当のこと」を世界中のファンに伝えていないことに尽きると思う。それだけに、今回のコンフェデ杯を取材している、われわれメディアの責任は、これまで以上に重いと言えよう。とり急ぎ、この1週間、現地を取材した上での治安に関する私の結論を、以下の3点に集約してお伝えしたい。

1)危険地帯ではない場所(ヨハネスブルク近郊のサントン、ブルームフォンテーンの中心街など)では、周囲への注意を怠らなければ、昼間の徒歩移動に問題なし
2)鉄道やバスなど、公共交通機関は基本的に利用できない。また特に、夜間での移動は必ず信用できるタクシーを利用すること
3)興味本位で「危険区域」とされる場所には、くれぐれも立ち入らないこと。またナイトゲーム観戦後は、速やかに宿泊先に帰還すること

 少なくとも上記3点を実践していれば、現地で犯罪に巻き込まれて、せっかくのW杯観戦を台無しにされるリスクはかなり軽減されるはずだ。あまり「自己責任」という言葉は好きではないが、それでも来年の南ア大会が、まさにサッカーファン1人1人の「自己責任」が問われる大会となることは間違いない。

<翌日に続く>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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