第5回 スペインを破った米国の「ひたむきさ」=宇都宮徹壱の日々是連盟杯

宇都宮徹壱

米国、世界を驚かす

試合前、スペイン国旗を振るサポーター。優勝候補のスペインは、米国の「ひたむきさ」に敗れた 【宇都宮徹壱】

 序盤、優雅にパスを回すスペインに対し、受け身に回った米国は、球際での激しさと素早い縦への展開で対抗。圧倒的有利と思われていたスペインは、なかなか本来のリズムが作れない。いつもの流れるようなパスが、懸命に伸ばした米国DFの足によってブロックされ、思わぬ形で反撃を食らうという繰り返し。そうこうしているうちに、ゲームは思わぬ方向に展開する。前半27分、デンプシーのパスがスペインの選手の足に当たり、絶妙のコースとタイミングで前線のアルティドールにわたる。ボールを受けたアルティドールは、勢いよく反転してマーカーを吹き飛ばすと、迷うことなくシュート。プジョルの懸命のスライディングも間に合わず、ボールは守護神カシージャスの指先をかすめてコースを変え、そのままゴールインとなった。米国先制! この意外な展開に会場は騒然となる。

 今大会、初めて失点したスペインは、次第になりふり構わぬプレーが目立つようになる。ボディーコンタクトはより激しくなり、遠めからどんどんシュートを放ってくる。やがて。リスタートのボールをめぐって、両チームの間で小競り合いが起こるようになる。スペインのイライラが極限に達しているのは明らかだ。頼みの綱のフェルナンド・トーレスは、何度かボックス内でビッグチャンスを迎えるものの、そのたびに米国の人数をかけた守りと、ぎりぎりのタイミングでのブロックに阻まれ、前半のシュート数はわずか2本に終わった。結局、前半は米国の1点リードで終了。

 後半はスペインがさらに前がかりになり、米国が必死の守りで耐える時間帯が続く。前線の2人を除いて全員で守る米国。特筆すべきはGKのハワードで、神懸かりなセーブを連発してはチームを鼓舞し続ける。とにかく相手ボールに食らいつこうとする、米国の姿勢は後半に入ってさらに凄味(すごみ)を増し、スタンドからはとうとう「USA! USA!」という大コールが沸き起こった。スペインも次第に目に見えてプレーの精度が落ち、積極的にボールを追わなくなってしまう。そして迎えた後半29分、またしても米国が奇跡を起こす。カウンターからドノバンがペナルティーエリアにスルーパス。ボールはいったんピケのかかとに当たってはね返り、このボールをセルヒオ・ラモスが処理にもたついている間にデンプシーが猛然とインターセプト、狙い澄ましたようにカシージャスの守るゴールに突き刺す。米国、追加点! スペイン、またも失点! 何というゲームなのだろう。

 後半42分、米国はブラッドリーが一発退場となり、10人での戦いを強いられることになるが、かえって闘争心は燃え盛る。ロスタイムは3分。ミラクルへのカウントダウンが始まり、ついにアップセットが成立する。米国、スペインを破ってファイナル進出。「世界を驚かす」とは、こういうことだ。視察で訪れていた日本代表の岡田武史監督は、どんな思いでこの試合を見つめていたのだろうか。

純粋で突き抜けるような「ひたむきさ」があれば

 試合後のデータを見ると、スペインと米国の力の差は際立っていた。ボールポゼッションは、56%と44%。シュート数は29本と9本。CKに至っては、17本と3本である。果たして、米国の勝因はどこにあったのだろうか。

 実は、それほど特別なことはしていない。ただ、とにかくボールに食らいつくこと。その一点において、彼らは徹底していたように思う。相手ボールホルダーに対しては球際で厳しく対処する。相手のパス回しや豪快なシュートに対しては精いっぱい足を伸ばしてブロックする。タッチラインに流れていく味方のクリアに対しては必死に走って拾いまくる。やっていることは極めてシンプル。それでも、こうした愚直なプレーの積み重ねが、いくつもの奇跡的なクリアやブロックを生み、やがてリズムを崩して集中力を欠いたスペインの間隙を突くようにして、2つのゴールが生まれた。

 ちなみに、米国のシュート9本のうち、枠内シュートはわずかに2本である(スペインは29本中8本)。攻守において、彼らが常に高いレベルでの集中力を維持できたのは、米国の選手に特有なメンタリティーに負うところが大きかった、と私は考えている。実は今年の春、米国のサッカー事情を集中して取材する機会があったのだが、特に新鮮に感じられたのが、選手たちの「おれたちは強い!」「やればできる!」という、強烈なポジティブマインドであった。たとえ相手が、フェルナンド・トーレスやシャビやセスクであっても、そのマインドが揺らぐことはない。そういう強い気持ちがベースにあったからこそ、米国は最後まで集中力が途切れることなく、ファイトし続けることができたのであろう。

 スペインのサッカーは、確かに強さと、美しさと、楽しさに満ち溢れている。対する米国のサッカーには、そこそこの強さはあっても、今のところは美しさや楽しさとは無縁であると言わざるを得ない。彼らにあったのは、ただひとつ。それは「ひたむきさ」である。どんなに無骨で無粋で無器用であっても、そこに純粋で突き抜けるような「ひたむきさ」があれば、私はそれを「美しい」と感じることができる。
 いずれにせよ、おめでとう米国! 本当にいいものを見せてもらいました。

<翌日に続く>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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