第5回 スペインを破った米国の「ひたむきさ」=宇都宮徹壱の日々是連盟杯

宇都宮徹壱

オレンジ自由国の記憶

空路にてフリーステート州の州都、ブルームフォンテーンに到着。ヨハネスブルグよりも寒い 【宇都宮徹壱】

 南アフリカ滞在5日目。この日はヨハネスブルクのオリバー・タンボ空港から国内線に乗ってブルームフォンテーンに向かった。飛行時間はおよそ50分。車でなら、およそ5時間。何とも微妙な距離であるためか、ヨハネスブルクからの便数は極めて限られている。従って、乗客のほとんどは今夜のスペイン対米国を取材、あるいは観戦する人々だろう。機内では、元スペイン代表のフェルナンド・イエロ、そして元浦和レッズ監督のホルガー・オジェックといった懐かしい顔を見かけた。
 やがて機内の窓からは、赤茶けた大地が顔をのぞかせた。何というダイナミックな風景なのだろう。これからサッカー観戦するのではなく、むしろ秘境を探検に行くような気分である。飛行機を降りると、あまりの外気の冷たさに思わず鳥肌が立った。

 ブルームフォンテーンは、南ア中央部に位置するフリーステート州の州都であり、国内にある3つの首都のうちの司法の首都でもある。かつてこの地は「オレンジ自由国」という独立国であり、沿岸部から内陸部へ「グレート・トレック」と呼ばれる大移動をしてきたオランダ系の移民「アフリカーナー」によって1854年に建国された。荒地への困難な入植と、現地人との激しい抗争という、アメリカ開拓時代を想起させるような光景は、100年以上の時を経て、ここ南アにおいても繰り広げられていたのである。

 その後、オレンジ自由国は、2度にわたる英国とのボーア戦争に敗れたことで、同じくアフリカーナーが打ち立てたトランスバール共和国とともに、20世紀初頭に英国の支配下に入ることとなる。ちなみに1994年まで使用されていた南アの旧国旗には、小さなユニオンジャックとともに、オレンジ自由国、トランスバール共和国の国旗が並んで配置されていた。しかし新国旗採用とともに、これらアフリカーナーの国々の記憶は歴史の彼方へと押しやられることとなったのである。

 とはいえ、限られた滞在期間の中でも、ふとしたことでオレンジ自由国の残滓(ざんし)を感じとることは十分に可能だ。タクシーの運転手は、この国に来て初めての白人だったし、ホテルのマネジャーが日常的に使っている言葉は、英語ではなくアフリカーンス語だ(息を吸うような独特のアクセントに、オランダ語との共通性が感じられる)。そしてこの日の試合会場、フリーステート・スタジアム。州の名前でもある「フリーステート(自由州)」とは、まさに「自由国」の名残りである。ちなみにブルームフォンテーンとは、オランダ語で「花咲く泉」という意味なのだそうだ。

対照的な勝ち上がりの両チーム

 試合開始前の気温は摂氏5度と発表された。なるほど、確かに吐く息が白い。大会の風物詩となった「ブーブーゼラ」の音色も、どこか物悲しく聞こえてくる。そんな中、異様な盛り上がりを見せていたのは、ゴール裏に陣取っていた数百人ほどの地元ファンの一団である。南アの国旗を振り、体を揺らしながら、実に楽しそうに歌っている。寒いから自然と体が動くのか、それともいつもと変わらぬ試合前の儀式なのか。原色で彩られたゴール裏の波濤(はとう)は、スペインと米国の選手が登場すると同時に最高潮に達した。

 あらためて、両チームのこれまでの戦いぶりを振り返っておこう。
 スペインは初戦のニュージーランド戦で、フェルナンド・トーレスのハットトリック(前半17分で達成!)を含む5ゴールで圧勝すると、続くイラク戦でも粘る相手に対してビジャの1ゴールで沈め、開催国・南アとの第3戦も決して力を抜くことなく2−0で一蹴。3試合で8得点0失点、勝ち点9という圧倒的な成績でグループリーグを終えた。

 対する米国は、まさに苦難の連続であった。初戦のイタリア戦ではPKを決めて先制するものの、その後あっさり3ゴールを決められて1−3で逆転負け。続くブラジル戦も0−3といいところなく敗れ、グループリーグ敗退は確実と思われていた。ところがエジプトとの第3戦では、突如として米国は息を吹き返し、イタリアを破って台風の目となっていた“ファラオ”(エジプト代表の愛称)をノックアウト。裏の試合でイタリアがブラジルに0−3で敗れたため、ゴール数の差で2位に浮上した米国が準決勝進出を果たした。
 あまりにも対照的な両者の戦いぶり。こうなると決勝は「スペイン対ブラジルで決まり」と考えるのが妥当であろう。だが、予定調和ばかりでは面白くない。スペインのサッカーが、強さでも、美しさでも、楽しさでも、はるかに米国を凌駕(りょうが)している――というより、現時点では「世界一」といっても過言ではないだろう。国際試合での連勝を15に伸ばして、連勝世界記録を達成。FIFA(国際サッカー連盟)ランキング第1位の座も安泰だ。そんなスペインに対して、ランキング14位の米国には、まったく勝機はないのだろうか。もちろん、可能性は決して高くはないが、だからといってゼロでもあるまい。相手との力の差を十分に認識した上で、米国はきっと果敢にチャレンジしてくるはずだ。では、どうやって? そこが、この試合の一番の見どころであった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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