“戦士”シャラポワが覚醒した日=全仏テニス

内田暁

カタカナの表現能力を超越した大絶叫

 同じようなシャラポワの狂気は、4回戦のナ・リー(中国)戦でも見ることができた。 実はこの一戦は、同大会4連覇中、今大会も絶対的な優勝候補だったナダルが、まさかの敗戦を喫した直後のコートで行われた。シャラポワ対リー戦が始まってからもなお、スタジアムには衝撃の余韻が残り、観客たちもショック状態から抜けきれていない様子。記者たちもナダル敗戦の原稿書きに忙しいのか、プレス席には、数人の姿が散見できるのみ。どことなく気が抜けたような状態の中で、この一戦は行われていた。

 そのやや弛緩(しかん)した空気がシャラポワにも伝染したか、立ち上がりの彼女は、いつものテンションとはほど遠いように見えた。第1セットは6−4で奪ったものの、第2セットは0−6と、1ゲームも取れずに落とす。第3セットでも、ダブルフォルトを連発して相手にブレークを献上。2−4とリードを許し、これで勝負は決したかと思われた。
 だが続くゲーム、シャラポワの“必死”が試合の潮流を反転させる。ボールを打つ際の声も鋭さを増し、どんなに不格好だろうが、どんなに厳しい体勢だろうが、遮二無二ボールに喰らいつき、執念でラインの内側にボールをねじ込む。このゲームの最後にリターンエースを決め、それと同時に、カタカナの表現能力を超越した大絶叫を発したときこそが、彼女の内なる狂戦士が目覚めた瞬間だったろう。
 結局シャラポワは、このゲームを含めて4ゲームを連取し、逆転勝ちに成功したのだった。

再び世界1位の座に! その闘争心はさらにたぎる

 リー戦の勝利でベスト8まで勝ち進んだシャラポワだが、ここまでの4試合、すべてフルセットを戦ってきた彼女は、さすがに精根つきたかのように、準々決勝の対ドミニカ・チブルコワ(スロバキア)戦では、0−6、2−6と一方的に敗れた。それでも第2セット、0−5となり、マッチポイントを握られながらもそれを凌いで2ゲームを奪い返した局面では、彼女が最後の最後で、闘志の残り火を燃やすさまを見たように思う。
 
 復帰後初のグランドスラムとなった今大会、5試合で計10時間以上戦ったシャラポワは、試合後、さすがに疲弊しきった表情で会見場に現れた。
 記者たちの質問に答えるのもやや億劫(おっくう)そうな全仏ベスト8進出者は、「全盛期を10とすると、今の自分の体調は?」と聞かれ、「うーん、私はそういう10段階評価や、数字は好きじゃないの」と、現状を過去との比較で語ることを拒否。だが、ランキング(ちなみに現在のシャラポワのランキングは102位)について尋ねられると、
「ランキングに関して言えば、数字はウソをつかない。ランキングは常に、自分がこれまで成し遂げてきたことを正しく反映している。私は過去に1位となったが、再びその座をつかむために、コートに戻ってきた」と、目指すは頂点であることを明言した。

 女子テニス界は多くの選手が代わる代わる1位に座する群雄割拠の時代を迎えたが、現在1位のサフィナが安定した力を発揮しているため、その傾向にも、一つの決着がつく気配が見え始めている。だが、シャラポワという規格外の闘志と存在感を有する戦士が戻ってきたことにより、世は再び、混沌(こんとん)の戦国時代に突入するかもしれない。

 <了>

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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