愛媛FC、躍進の秘密

寺下友徳

誰もが予想できなかった愛媛の快進撃

 3枠の「J1自動昇格」という栄誉を目指し、例年通り熱い戦いが繰り広がられている2009年のJ2リーグ戦。ただし、今シーズンは第4節を終えた現在、勢力分布図に大きな異変が起こっている。その「異変」を演出している一番の立役者は、昨年15チーム中14位と低迷した愛媛FCだ。
 開幕戦で水戸を3−1と逆転で下すと、続く富山、FC岐阜にも2−1、3−0と快勝。昨年はリーグで2連勝すらなかったチームが、3連勝でJ2参入後4年目で初となる首位へと浮上した。第4節の熊本戦で1−1と引き分け、三日天下に終わったが、それでもC大阪、湘南に続く3位。昨季J1の東京V、札幌、あるいはJ1経験を持つ甲府、仙台、福岡などを上回る堂々たる成績を残す快進撃ぶりは、誰もが予想できなかった状況であろう。

 本来であれば、「さにあらず。過去2シーズンにわたり愛媛を追いかけてきたわたしにしてみれば、この快進撃はあらかじめ予感できたこと」と続けられればカッコいいのであるが……。正直に告白すると、筆者にとってもこの快進撃は全くの想定外だった。

 例えば、昨シーズン終了から今季開幕までをざっと振り返ってみても、主力はほぼ残留したとはいえ、期限付き移籍を含めて大量14名がチームを去った。それに対し、獲得できた選手はわずか8名。集客面も含めた目玉として、クラブが獲得を目指していた愛媛県新居浜市出身のMF福西崇史(元東京V)は、本人の引退という決断によって交渉は幕引きとなった。
 2度にわたりGM(ゼネラル・マネジャー)の佐伯真道がブラジルに渡って獲得を目指した外国人FWも、決定寸前で破談している。何より、一連の不況により「スポンサー収入は昨シーズンの1割から2割減になりそう」(佐伯GM)という地方クラブの現実において、年間約4億9000万円しかない予算をかんがみても、「ない袖は振れない」というのが本音。一見すると、やはりプラスの要素を探す方が難しいのである。

 ただ、そんな中でもよくよく思い返すと、「これは」という要素は確かにある。では、その「これ」とは何か? 現場の証言を交えて検証してみたい。

「走り抜く」ことによるプラスの効果

「今までやってきたことを積み上げてきただけ。努力すればいいことがある、ということじゃないですか」

「躍進の秘訣(ひけつ)は何ですかね?」という何ともぶしつけな質問に対し、トレードマークの“ハニカミ”を見せながら答えてくれたのは望月一仁監督。現役時代は日本リーグのヤマハ発動機で闘志あふれるFWとして活躍し、指導者としては磐田ユース監督やJFA(日本サッカー協会)のナショナルトレセンコーチなどを歴任。2005年に愛媛の監督に就任すると、1年目にしてチームをJFL優勝・J2昇格に導き、今季は就任5年目を迎える愛媛の顔だ。

 確かに、今季になってトレーニング内容が一変したのかと言われれば、そのようなことは全くない。通常トレーニングの大半は、4分の1コートでの5対5やハーフコートでの8対8など、プレッシャーをかけ合う中での攻守にわたった正確なボールコントロールを求める作業が中心。大山俊輔や横谷繁の両サイドハーフ、高杉亮太、三上卓哉の両サイドバックをストロングポイントとしつつ、「仕掛けながらつなぐ」というチームコンセプトは実はこの5年間、タレントの違いはあれ一貫したものなのである。

 その一方で、明らかに昨年と変わった、というよりは増えたトレーニング風景が1つある。それは素走りの量。シーズン前は8キロインターバル走や10分間走といったさまざまな素走りメニューがキャンプ前半まで続き、現在も週明け最初のメニューは4キロ程度のインターバル走が中心。「今年は走ることをベースにしたい」と指揮官が始動日に明言した通り、この地獄のトレーニングは夏まで続くという。

 そして、この素走りの効果は早くもさまざまなところに表れている。今季ここまで3得点で、内村圭宏と並びJ2得点ランキングトップにつけているFWの田中俊也はこう語る。「昨年よりも長い距離を走れているし、奪ってから速い攻撃やゴール前に入る人数も増えている」。また、DFの金守智哉も「集中力が切れると頭の回転が遅くなるが、走れていることで判断にも余裕ができている」と試合運びにおける変化を話す。

 例をあげれば、劣勢の中で自陣ゴール前からの1本のロングパスで内村が独走して奪った第2節・富山戦の2点目。相手が前掛かりに来るところを利用して、カウンターからFWジョジマールが後半ロスタイムにゲットした第3節・岐阜戦の3点目などはまさに、「切り替えの速さ」という判断が存分に発揮されたものだ。チームコンセプトをより生かすために始めたスタミナ強化はここまで、昨季42試合で39得点とJ2・15チーム中最下位に終わった得点力を着実に押し上げる効果を生み出している。

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著者プロフィール

1971年、福井県生まれ。大学時代に観戦したJリーグ・ニコスシリーズ第15節の浦和−清水(国立)の地鳴りのように響く応援の迫力をきっかけに、フットボールに引き込まれた。ファストフード会社店舗勤務、ビルメンテナンス会社営業、コンビニエンスストア販売員など種々雑多な職歴を経ながらフットボールを深く探求するようになり、2004年から本格的な執筆活動を開始。07年2月からは関東から四国地域に居を移し、愛媛FC、高校野球など四国のスポーツシーンを追い続けている。

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