補欠から主役となった水鳥寿思=〜世界体操競技選手権を振り返って(1)水鳥寿思〜

日本体操協会:遠藤幸一

裏目となった結果をバネに

 第3に前向きな姿勢。数回にわたる大けがを乗り越えたことだけでも素晴らしいが、2007年シーズンはじめの国内予選会ではルールの壁が立ちはだかった。体操競技で高得点を得るためには、難しさ(A得点・演技価値点)とできばえ(B得点・演技実施点)両方を高める必要がある。ただ、通常、両方を同時に高めることは難しく、どちらをとるか選択を迫られる。
 水鳥は国内予選会で難しさを選択した。結果、彼のA得点6種目合計は昨シーズンよりも1点以上上げることに成功した。具体的に言えば、06年の世界選手権団体予選での水鳥のA得点6種目合計は37.1。その年の12月に行われたアジア大会では37.4。そして07年4月末に迎えた世界選手権2次選考会。彼のA得点は38.7にまで高められていた。しかしそれに反して、B得点は、アジア大会において56点(1種目平均9.33)だったものが2次選考会1日目で52点(8.67)に。結局、自身のブログで述べているように彼の狙いは裏目となり、補欠になることが決まった。
 しかし、彼はここであきらめず着実にB得点を向上させていった。そして世界選手権では団体予選でA得点38.5、B得点54.075(1種目平均9.01)を達成し、楊威(A得点39.7・B得点54.225)、冨田(A得点38.6・B得点55.025)に次いで3位につけた。こうしたどのような困難にも立ち向かう前向きな姿勢が驚異に値する。

負傷者続出 懸念されるリスク過多の状況

 さて、ここで懸念点を一つ。それは選手への過度な負担である。すでに日本の鹿島をはじめ、世界のトップ選手数人が大会を目前にして負傷退場した。試合中にも負傷者が出て、それは青天井のルールによって起きたのではないかと一部のメディアやコーチの間ではささやかれ始めた。大会期間中に開かれた国際体操連盟主催の09年ルールに関するシンポジウムにおいても、それを懸念する声が出され、青天井のルール変更の意見も出された。しかし、実際にその関連性については明らかにされておらず、国際体操連盟の回答は、コーチ、選手、審判がルールを熟知し、それに従っていれば問題ないというものだった。
 確かにルールどおり、選手自身の能力に合わせた演技構成をし、実施減点のない演技をすれば、選手の過度の負担を減らせるかもしれない。しかし、チャンピオンスポーツである以上、前述した水鳥のように、選手はギリギリのところでA得点とB得点の配分について駆け引きをしなければならない。そうなれば当然、失敗やけがのリスクを負う必要が出てくる。今回の水鳥のケースは、早い時期の高難度の挑戦と彼自身の体操競技にかける思いによって実を結んだ好例だが、今後、過度な期待によって選手に過度な負担をかけ、大事な本番前に負傷してしまうことは是が非でも避けたい。まずはそれが北京五輪に向けての最重要戦略と言える。

<了>

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著者プロフィール

1961年東京生まれ。日本体操協会常務理事・総務委員長。体操の金メダリストである父親を持つものの、小学、中学はサッカーに明け暮れていた。高校で体操に転身。国際ルールのイラストレーターとして世界中の体操関係者にその名を知られている。

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