種目変更で世界王者に 三段跳びのプリンス――C・オルソン=Quest for Gold in Osaka

K Ken 中村

ヤニックとの出会い

アテネ五輪決勝では、成功試技5本中4本で銀メダルの記録(17m55)を上回り、格の違いを見せつけた 【写真/陸上競技マガジン】

 しかし、オルソンに成功と幸福の日々をもたらした99年の夏は、同時に悲劇の季節でもあった。6月初旬、コーチのノウシィアイネンの突然の死は、オルソンをはじめ多くの有望選手から“支え”を失ってしまった。コーチを失った選手たちを救ったのは、オルソンよりわずか2歳上のヤニック・トレガロだった。96年、シドニーの世界ジュニア選手権で走り高跳びのファイナリストとなった彼は、選手としての野望を捨て、亡き師の跡を継ぎ、コーチへの転身を決意したのである。
 21歳とは思えない円熟したヤニックの人柄は、オルソンには何より心強かった。ほとんど年齢が違わないにもかかわらず、「選手」と「コーチ」の関係を結ぶことができたからである。ヤニック自身、現役時代はコーチの指示に機械的に従っていたわけではなかったため、指導者となってからも、練習の意図を身をもって理解しようと努力したという。
 コーチに就任した99年夏当時は、ヤニックはまだ指導者としての才覚を発揮するまでには至らなかった。シーズンオフの基礎練習は、亡くなったノウシィアイネンの方針通りに進められていたからである。ヤニックのコーチとしての技量を疑う声も挙がったが、翌2000年のオルソンの活躍が、そんな声をすべて打ち消してしまった。オルソンは三段跳びで自己記録を50センチ近く上回る16m97を記録し、わずか13センチの差で決勝進出は逃したものの、五輪のファイナリストまであと一歩というところまで迫ったのである。

未来輝く三段跳び・オルソンのキャリア

 三段跳びにおける活躍がここまですさまじいと、「僕はハイジャンパー」と言っていたオルソンも、「本当の得意種目は三段跳び」と、渋々ながら認めざるを得なくなった。そしてシドニー五輪のあと、彼とヤニックは、三段跳びで4年先のアテネでメダルを目指すための計画を練った。しかし、人生はやはり計画通りには運ばない。オルソンはその後、1年間で自己記録をさらに50センチ伸ばし、五輪まで3年を残して早くも「メダル候補」に祭り上げられてしまったのである。
 01年6月。ヘルシンキでの競技会で、オルソンはあの伝説のトリプルジャンパー、エドワーズに初めて勝った。さらにレシムノで行われた大会では、自国記録を17m49にまで伸ばした。さらに8月の世界選手権(カナダ・エドモントン)では、銀メダルを獲得。17m台をコンスタントにマークし続けるオルソンは、「エドワーズに2回も勝った唯一の選手」として広く知られるようになったのである。
 そして02年、心配されていた記録の停滞はなく、室内大会は彼の独壇場となった。エドワーズ不在のなか、欧州の室内タイトルを獲得。さらに、欧州室内記録となる17m80(世界室内記録まであと3センチ)までマークした。屋外シーズンに移ると、オルソンはエドワーズに3度敗れたものの、欧州選手権直前の大会では逆にエドワーズを破り、大きな自信をつかんだ。
 8月にミュンヘンで行われた欧州選手権は、オルソンには苦しい戦いとなった。しかし、上位4つの記録を独占したオルソンが、十分金メダルに値する選手であることに、もはや誰も異議を唱えない。「記録にムラが多い」といわれる三段跳びだが、今シーズン、彼は安定して好記録を残している。エドワーズの後塵(こうじん)を拝した大会でも、オルソンは17m40を超えるジャンプを連発している。
 アテネ五輪王者への道は、まだスタートしたばかり。ミュンヘンから帰国した彼に、記者団から「自分のことを三段跳びの王者だと思うか?」という質問が出たが、オルソンは気取ったそぶりも見せず、こんな言葉を口にしたという。
「確かに今現在、私は王者かもしれないが、エドワーズには4勝10敗とまだ負け越しているんだ。彼を頂点の座から下ろすまでには、まだまだ時間が必要だよ」
 オルソンは今、かつてエドワーズが築き上げた地位へ登りつめようとしている。もしこの先、自己記録更新のスピードが一時的に鈍ったとしても、エドワーズよりも14歳若い彼が、筋力とスピードのピークに達するのはまだ先のことだ。かつて、オルソンの将来設計には全く存在しなかった「トリプルジャンパー」としての人生。それは、今まさに始まったばかりなのである。

<了>

最新5月号では為末のライバルをクローズアップ

陸上競技マガジン5月号表紙 【写真/陸上競技マガジン】

『陸上競技マガジン』
※K Ken 中村の連載「Quest for the Gold in Osaka」は、陸上競技マガジンで好評連載中。4月14日発売の陸上競技マガジン5月号では、為末大(AFP)の2大会連続メダルがかかる男子400mHをクローズアップ。前回覇者のバーショーン・ジャクソンや2006年世界リストトップのケロン・クレメントなどのアメリカ勢はもちろん、欧州チャンプであるペリクリス・イアコバキスの最新情報を掲載している。

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著者プロフィール

三重県生まれ。カリフォルニア大学大学院物理学部博士課程修了。ATFS(世界陸上競技統計者協会)会員。IAAF(国際陸上競技連盟)出版物、Osaka2007、「陸上競技マガジン」「月刊陸上競技」などの媒体において日英両語で精力的な執筆活動の傍ら「Track and Field News」「Athletics International」「Running Stats」など欧米雑誌の通信員も務める。06年世界クロカン福岡大会報道部を経て、07年大阪世界陸上プレス・チーフ代理を務める。15回の世界陸上、8回の欧州選手権などメジャー大会に神出鬼没。

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