野球の神様が泣いた夜〜王監督ラストゲーム〜

田尻耕太郎

ユニホーム姿が一番かっこいい

 10月7日、野球の神様がKスタ宮城にいた。
 王貞治監督、2507試合目の指揮。それは最後の指揮だった。試合は白熱の投手戦となった。9回では終わらない。
 もっと、そしていつまでも王監督のユニホーム姿を見たい――。この日は王監督の最後のユニホーム姿を見ようと、グラウンドには珍しい顔がいくつかあった。その中の1人が城島健司(現米大リーグ・マリナーズ)。王監督が福岡ダイエーの監督に就任したのと同時に入団し、球史に残るスーパー捕手へと成長を遂げた男だ。
「野球人はユニホーム姿が一番かっこいい。グラウンドで輝くその姿を目に焼きつけたかった」
 誰もが同じ思いだった。その願いが届いたのか、試合は延長戦に突入した。そして「最終回」の12回まで戦い抜いた。12回表には最高の場面が訪れた。1死一、二塁で打席には4番・松中信彦。王監督が育て上げた最強打者だ。松中もまた王監督を誰よりも慕っていた。
 野球の神様からのプレゼント。しかし、松中は強烈な打球を放つも二ゴロ併殺打に終わった。神様は泣いた。福岡ソフトバンクの「最後」の攻撃が終わると、雨粒が突然大きくなった。12回裏、守護神の馬原孝浩が打たれ、王監督のラストゲームはサヨナラ負けとなった。
 試合後のセレモニー。東北楽天の野村克也監督から大きくて立派な花束を受け取った。敗戦後に硬かった表情が少しゆるんだ。2万人以上の満員のスタンドからも大歓声が沸く。敵地など関係ない。王監督はすべての野球ファンから愛された。
 不思議なことに、王監督がグラウンドから去ると雨はぴたりと止んだ。

最後まで、勝負師の顔だった

 試合後に会見が行われた。セレモニーとは全く違う表情だ。
「最後の試合というよりも、こういう試合を勝てなかったというのは、ことしの特に後半戦を象徴していました。応援してくれたファンに申し訳ない」
 眼は血走っていた。敗戦の悔しさが全身から噴き出すようなオーラだった。「最後」という感傷は特になかった。それよりもこの試合に負けた。そして最下位になってしまったという悔しさが何よりも勝っていた。この日でユニホームを脱ぐなど信じられない、勝負師の顔だった。
 王監督はいつも、敗戦後の取材では「しゃーない、また明日」と言って席を立った。王監督は過去をあまり振り返らない。選手たちにも「この2度とないこの1球を大事にしろ」と言い聞かせていた。ラストゲームのこの日、当然ながらその言葉が発せられることはなかった。以前は聞き飽きた決まり文句のように感じたが、たまらなく寂しかった。

<了>
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著者プロフィール

田尻耕太郎

 1978年8月18日生まれ。熊本県出身。法政大学在学時に「スポーツ法政新聞」に所属しマスコミの世界を志す。2002年卒業と同時に、オフィシャル球団誌『月刊ホークス』の編集記者に。2004年8月独立。その後もホークスを中心に九州・福岡を拠点に活動し、『週刊ベースボール』(ベースボールマガジン社)『週刊現代』(講談社)『スポルティーバ』(集英社)などのメディア媒体に寄稿するほか、福岡ソフトバンクホークス・オフィシャルメディアともライター契約している。2011年に川崎宗則選手のホークス時代の軌跡をつづった『チェ スト〜Kawasaki Style Best』を出版。また、毎年1月には多くのプロ野球選手、ソフトボールの上野由岐子投手、格闘家、ゴルファーらが参加する自主トレのサポートをライフワークで行っている。

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