頼もしい男・新垣が完全復活=鷹詞〜たかことば〜

田尻耕太郎

落とし穴となった“縦”の変化球

 新垣渚が28日に涙の今季初勝利を挙げた。8回を投げて2失点したものの、許したヒットはわずか3本だけ。投球内容はほぼ文句なしと言っていい。
 今季はそれまで8試合に登板して0勝4敗、防御率4.66の成績だった。内容も散々なもの。前回登板の8月20日の埼玉西武戦(西武ドーム)ではプロ野球記録の1試合5暴投を記録した。昨季もシーズン25暴投というプロ野球記録をつくったが、昨季の投球回数は137回3分の1。今季は20日時点で46回3分の1を投げて11暴投だからそれ上回る大乱調状態だった。
 その新垣が8日後には見違えるような投球を見せた。偶然ではない。彼の大変身にはもちろん理由があった。キーワードは“横振り”だ。

 新垣が最も輝いていた時期、それはプロ2年目だった2004年だった。この年の成績は11勝8敗。勝ち星の数や勝率は06年シーズン(13勝5敗)の方が上回っているが、04年はリーグトップの投球回数(192回3分の1)と奪三振(177個)を記録した。チームへの貢献度やインパクトではこのシーズンの方が上だった。
 ここ数年、新垣の投球にいつも違和感を抱いていた。それはこの当時と投げ方がまるで違っていたからだ。当時の新垣はスリークオーター投法。それがだんだんと腕の位置が上がり、投げ下ろすような投げ方へと変わっていった。その原因は新しい球種を覚えたことだった。かつて、新垣はさらに進化を求めるべく縦系の変化球の取得に取り組んだ。首脳陣もそれを後押しして、カーブやフォークに挑戦させた。しかし、腕を“横振り”する新垣にその球を操るのは難しい。新垣は“縦振り”にすることを選択した。

 そこに落とし穴があった。上から投げ下ろすと、たしかにボールは縦に落ちた。しかし、腕の位置を変えるというのはそんなにたやすいことではない。腕を縦振りすれば、腰の回転も横から縦に変えなければならず、少年時代から横振りで投げてきた体はそう簡単に言うことを聞いてくれない。骨格や筋肉も横回転に適した形で出来上がっている。結果、上半身と下半身のバランスが崩れる。気付いたときには、もう手遅れだった。

見つめ直した原点

 今季の不調も、思えば「カーブ」が原因だったのではないか。春季キャンプからオープン戦のころ、新垣は「カーブを有効に使って8分程度の力で投げる」ことを課題にしていた。そして、勝てなかった。
 新垣復活のキッカケは、夏を迎えたころに訪れた。2軍で調整中の新垣に、藤田学2軍投手コーチが「オマエの一番良かったころはいつだ?」と尋ねた。新垣の返答は「04年シーズン」。当時のビデオを見返して、投球フォームや組み立てをおさらいした。そうして「横振り」という答えが導き出された。
 腕の位置を下げて投げ込みを開始。今度は体の使い方がオーバースローだが腕は違うという以前と逆の現象に悩んだが、投げ込みを重ねることで克服していった。

 そして8月28日のオリックス戦(ヤフードーム)。初回の投球を見ただけで「あのころ」に戻っていることを確信した。先頭の坂口智隆がスライダーをファウルして2度も自打球を当てた。スライダーが左打者の内角に食い込んでいる証拠、つまり腕が横振りになっている証拠だ。さらに3番のカブレラにストレートを投じたとき、新垣の投げ終わった右腕が左脇に絡みつくようにしなっていた。それも新垣の調子のバロメーターだ。
 では、なぜ8月20日の埼玉西武戦ではあのような大失態を見せてしまったのか。それは「あの試合はフォークボールを使った。それで腕が縦振りになっていた」と本人が説明してくれた。
「もっと上を見ていろいろな球種を覚えようとしたけど、それで今までの積み重ねがおろそかになっていた。原点を忘れがちになっていた。もともとストレートとスライダーだけ。スライダーと心中するつもりで投げました」
 この投球スタイルを今後も続ければ、新垣の白星はどんどん増えていくに違いない。シーズン最終盤の9月、そしてポストシーズンに向けて、頼もしい男が完全復活を遂げた。

<了>
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著者プロフィール

 1978年8月18日生まれ。熊本県出身。法政大学在学時に「スポーツ法政新聞」に所属しマスコミの世界を志す。2002年卒業と同時に、オフィシャル球団誌『月刊ホークス』の編集記者に。2004年8月独立。その後もホークスを中心に九州・福岡を拠点に活動し、『週刊ベースボール』(ベースボールマガジン社)『週刊現代』(講談社)『スポルティーバ』(集英社)などのメディア媒体に寄稿するほか、福岡ソフトバンクホークス・オフィシャルメディアともライター契約している。2011年に川崎宗則選手のホークス時代の軌跡をつづった『チェ スト〜Kawasaki Style Best』を出版。また、毎年1月には多くのプロ野球選手、ソフトボールの上野由岐子投手、格闘家、ゴルファーらが参加する自主トレのサポートをライフワークで行っている。

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