日本競歩の歴史を塗り替えた山崎の記録

折山淑美

自分のペースを守りきった結果

男子50キロ競歩では7位入賞した山崎勇喜 【Photo:築田純/アフロスポーツ】

「歩いている時に、去年の大阪(世界選手権)のことも頭の中に浮かんできました。『去年はこの辺でバテてしまったけど、今年は大丈夫だな』とか、『もう残り周回はゼロになっているけど、ちゃんと競技場へ誘導してくれるだろうな』なんて思っていましたね」
 山崎勇喜(長谷川体育施設)はレース後、こんな事を言って取り囲んだ記者を笑わせた。

 8月22日、午前7時半から行われた男子50キロ競歩。山崎は、気負い込んで最初から飛ばしてしまった昨年の世界選手権と違い、冷静だった。スタート時はまだ涼しかった。最初の5キロまでは、2キロ9分を上回るペースだったが、その後は9分切り、8分30〜40秒台へと上がっていった。
 それに対し山崎は、10キロ過ぎから6人いたトップ集団に付くのを避けた。「このペースでいったら後半崩れてしまう」という判断と、それまでに警告カードを1枚出され、注意も3回受けていたこともあり。自分のリズムを取り戻してフォームを安定させようと考えたのだ。

 その作戦は当たった。2キロ9分(ゴールタイム3時間45分)のペースで落ち着かせていると、後ろからサドル(ポーランド)が上がってきて前に立つ。彼の8分50秒ほどのペースに引っ張られることで、リズムをうまく作ることが出来、スムーズな歩きに変わってきた。前の集団では一人が歩型違反で失格になり、二人は6位争いをすることに。そして32キロを過ぎてからは落ちてきた一人を交わして5位と、入賞に向けての着実な歩きを続けた。

 36キロ過ぎにペースを上げたサドルに離され始めた山崎は、その差をジリジリと離され始め、38キロからは2キロごとのラップタイムも9分20秒台に落ちて、後ろからペースを上げてきた選手に追われることに。しかし44キロを過ぎに、再びラップタイムを9分そこそこに上げ、疲れたサドル抜き返して5位になった。
「38キロ過ぎからは正直、足が動かなかったですね。44キロからは少し頑張ったけど、最後の1周は9分26秒くらいかかってしまって……。ペースを上げてきた他の選手に対応できず、順位を下げてしまいました」と反省する結果に。
 競技場に姿を現したのは、3時間37分09秒で優勝したアレックス・シュワツェル(イタリア)以下、6人がゴールインした後だった。ラスト2キロで二人に交わされたのだ。
「入賞を目標にしてきましたから、最低限のことはクリアできたし、達成感はあります。でも、その反面悔しさが残っているのも事実です。5位になれるところを、最後の一周で抜かれた時も追いかけられなかったので」

 目標は入賞。あわよくばメダルという意識でいた。だが、気象条件は予想に反して、良かった。そのため、トップグループのペースが上がってしまったのだ。3時間42〜43分のペースには対応できるようになっていたが、まだ8分50秒前後で押し切る、3時間30分台の力をつけるまでには至っていなかった。

20キロに出場したことが勝因

 陸上2日目の16日に山崎は20キロにも出場した。様子を見て、流れが良ければゴールまで行き、疲れが出るようなら途中で止めるというスタンスだった。そのレース、ロストオブコンタクト(両足が浮く状態)で2枚の警告カードを受けたが、1時間21分17秒で11位に入っていた。
「そのレース後に内臓に疲労がでて下痢にもなっていたから、正直、不安でした。でも、20キロで五輪の雰囲気をつかめたからこそ、50キロでは落ち着いてスタートラインに立てたのだと思います」
 と、20キロにも出場した効果を口にする。昨年の世界選手権で変な形で注目を浴びた山崎は、その視線を競歩からそらせないためにもと、入賞を最低限の目標にして北京へ挑んだ。この入賞も、無心で勝ち得たものではなく、欲を持って臨んで達成したものだからこそ価値がある。

「まだ、2キロを8分30秒で押していける勇気を持ってなかったと思います。ゴールタイムにしても、まだ世界のトップとは5分くらいの差がありますから。世界記録は3時間34分だから、僕も早く3時間40分を切って自信をつけることも必要だと思います。次のロンドンでは、メダルを取れるまでの力をつけて臨みたいと思います」

 日本の競歩はこれまで、世界選手権では入賞者を出しながらも、4年に一回の五輪ではその夢を実現できずに終わっていた。だが、山崎が北京でそれを実現した。
 この結果は彼自身のみならず、20キロに出場して16位に終わった森岡紘一郎(富士通)や、女子20キロで14位になった川崎真裕美(海老沢製作所)。さらには後に続く若い選手たちにも、大きな指針になるものだ。彼は入賞という成績以上のものを、日本競歩に与えたと言っていいだろう。

<了>
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著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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