甲子園で輝いた「もっとも背の低い選手」=タジケンの高校野球観戦記

田尻賢誉

今大会もっとも背の低い154センチ

 頭ひとつ、どころではない。頭ふたつも、みっつも差がある。180センチ台の選手と並ぶと、まるで親子のようだ。
 身長154センチ――。
 今大会もっとも背の低い選手、それが日田林工高・梛野(なぎの)啓介だ。

 背は低いが、梛野はただの選手ではない。明豊中時代は2番・ショートを任され、明豊高で今春のセンバツに出場した今宮健太らとともに全国大会に出場している。センスが認められていたので、高校に進学する際に体格面のハンデを理由に「強豪校で野球をするのは無理だ」と否定的なことを言われることもなかった。
「無理といわれても、自分は強いところでやるつもりでした。自分がどこまでやれるか試したかったので」
 日田林工高を選んだのは「生活面も自分でやらなきゃいけないし、親と離れて寮生活をした方が成長できると思ったから」。そう言った後、こうつけ加えて報道陣を爆笑させた。
「本当は、親に怒られないのが一番です(笑)」

積み重ねた努力で甲子園初安打

 日田林工高のベンチ入り18人の平均身長は170.4センチ。決して大柄な選手が多いわけではないが、それでも梛野は飛びぬけて小さい。体重も50キロ。当然、体格の差は大きい。
 そこで梛野が考えたのは、自分の持ち味をアピールすることだった。
「最初は守備しかできませんでした。でも、守備は誰にも負けない自信があります。練習から、持っているものをすべて出しました。守備が試合に出られるようになった要因だと思います」
 小さい分、小回りがきく。スピードにも自信がある。ノックから積極的に前に出た。「うまくなりたい」その一心で、少年野球のころから習慣となったのが、上手な選手を観察すること。守備のうまい先輩を見て、マネをしながら技術を磨いた。その前向きな姿勢と安定感で、守備要員として試合に使われるようになった。

 守備で試合に出るチャンスをつかんだ後は、課題の打撃に取り組んだ。
「スイングの量を増やしました。それと、遠くに飛ばすのは無理なので、セカンドやショートの頭の上を狙うように心がけました」
 現時点での能力以上のことは求めない。コンパクトなスイングに加え、バントなど、できることを確実にこなせるように意識した。そして、2年生ながら2番・ショートのレギュラーを獲得。大分県大会では、チーム一の4犠打を決めるなど、つなぎ役をしっかりとこなした。
 甲子園では、前へ横へと好ダッシュを見せて無失策。6回2死三塁の場面では、三遊間の内野安打性の当たりを素早く捕球し、ワンバウンド送球でアウトにした。
「積極的に前に出られたのでよかったです」
 打撃でも第3打席で大阪桐蔭高のエース・福島由登の内角速球に力負けせず、レフト前ヒットを放った。
「宿舎でイメージトレーニングをして、ボールになるスライダーの見極めはできていました。甲子園でヒットを打ちたかった。思い切り楽しもうと思った結果です」

「小さくても、認めてもらえれば試合に出られる」

 中学3年時は150センチ。現在の154センチにも「これでもまだ伸びてるんです。まだ伸びると思っています」と言う。
 ところが、背を伸ばすために牛乳を飲んでいるのかと聞くと「牛乳は飲めないんですよ」と言って笑わせ、ごはんをたくさん食べているのかと聞くと「ごはんも多く食べる方じゃないんです。食べて2杯ですね」と言ってまた笑わせた。
 中学3年時には「ヒマだったので」と携帯サイトで『背を伸ばす方法』を検索。
「バスケットとかバレーみたいにジャンプするんじゃなくて、(身体を)ひねった方が伸びるって書いてあったんですけど……。鉄棒にぶらさがる方がいいんですか? じゃあ、ぶらさがります(笑)」

 小さい分、少々のことで音を上げない強い気持ちが必要だ。その代わり、小さい分、周りへの影響力は大きい。安打1本が味方を勇気づけ、相手にも大きなダメージを与えることができる。
 梛野から、全国の背が低い野球少年たちへのメッセージ――。
「小さくても、監督にいいところを認めてもらえれば試合にも出られる。やめないで頑張ってください」

 小さくても、これだけやれる。あきらめない気持ちさえあれば、全国の舞台で十分にやれる可能性があるのだ。
 もっとそれを証明するために、梛野は来年も甲子園に戻ってくるつもりだ。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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