今を生きるスペイン代表のジョーカー=ギリシャ 1−2 スペイン

小宮良之

すべてはスペイン代表のために

セスク(右)はギリシャ戦で攻撃だけでなく守備でもチームに貢献し存在感を示した 【REUTERS】

 それでも、大会が始まるとセスクは交代要員として存在感を放った。開幕戦のロシア戦はトーレスと交代で出場すると、だめ押しのゴールをたたき込んだ。スウェーデン戦でも後半にシャビと代わるとチームをもり立て、ロスタイムでの勝利に貢献、スーパーサブとして敵に脅威を与えた。

 しかし、である。ジョーカーの底力はこんなものではない。
 普段は温厚な性格で知られるセスク。キャリアや才能を考えれば自らにおぼれても不思議ではないが、彼は何よりチームメートをリスペクトする。大会直前、「MFを1人減らすのであれば、低調なバルサでシーズンを過ごしたシャビだ」という世論が噴出し、「シャビとセスクの関係も悪化!」と騒ぎ立てるメディアもあったが、21歳の若者は決してことを荒らげなかった。
「自分はまだ21歳だし、ピークはこれからだと思う。今は仲間たちの力を信頼しているし、少しでも助けられるように準備するだけだ」
 コメントはどこまでも殊勝だった。

 だが十代で異国に身を置き、ひとりのプロ選手として名を遂げつつある天才にはそれなりの自負がある。
 内弁慶のスペイン人選手が、外国のリーグで活躍することは簡単ではない。実際にスペイン人選手がリーガ以外で結果を残すようになったのは、ごく最近のことだ。それもリバプールのように監督がスペイン人で、選手にもスペイン人が多い場合は別で、セスクは幼くして海を渡り、成功を収めている。

 当然、今や年収は10億円近くを稼ぐ天才MFは、うぬぼれはなくともプライドは高い。大会前にあるスポーツ記者が、「セスクはアーセナルでのようなプレーが代表ではできていない」と指摘したときのこと。人がいいはずの青年も黙ってはいなかった。
「自分はピッチに入れば、チームのためにベストを尽くすことしか考えていない。そもそも代表とアーセナルは違うチームで、同じではないのは当然でしょ? 正直、こうした疑問に答えるのは気が進まないし、自分にとっていいことだとも思わない」

背番号10は“今”を生きる

 実は大会直前に補欠降格が決まったとき、セスクは精神的に激しく落ち込んでいたという。周りが見ていても切なくなるほどしょげかえり、『マルカ』紙も「セスクは精神的に傷を負った状態」と報道。バルサ時代のセスクを知るプジョルが「おまえは故障明けに合流したばかりなんだから焦るな」と、何とか元気づけようと、励ましの言葉を再三かけるほどだった。
 戦える自信があるからこそ、ベンチに座るもどかしさに自負心が痛めつけられる。誇り高き若武者はその傷を癒やすために、戦いの舞台を望んでいるのだ。彼はその闘争の繰り返しの中で、今の地位を勝ち取った。ユーロでも、彼はその流儀を裏切ることはあるまい。

 3連勝で決勝トーナメントに進出したスペイン。ベスト4進出をかけて戦うイタリアとのゲームが山場となることは明白だ。「無敵艦隊はベスト8で力尽きる」という忌まわしいジンクスを振り払えるのか。

 セスクは鼻息も荒らく語る。
「過去の例を引き居合いに出して、スペインはどうせ敗れるだろうと論じるのはナンセンスだ。確かにこれまではちょっと運が足りなかったり、競争力がなかったりで敗れていたかもしれない。でも、自分たちは今を生きている。素晴らしい選手がそろっているし、落ち着いてプレーさせてほしいよ。自分はU−17欧州選手権でも、U−19でもタイトルを獲得しているし、フル代表もいつかと信じている。今か、未来の話か、それだけのことさ」
 ジョーカーは不敵にほほ笑む、ゲームの支配者となるために。カードに浮かぶ表情が滑稽(こっけい)な道化だとしても、恐るべき力を操る異能者だとしても。

<了>

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著者プロフィール

1972年、横浜市生まれ。2001年からバルセロナに渡り、スポーツライターとして活躍。トリノ五輪、ドイツW杯などを取材後、06年から日本に拠点を移し、人物ノンフィクション中心の執筆活動を展開する。主な著書に『RUN』(ダイヤモンド社)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)、『名将への挑戦状』(東邦出版)、『ロスタイムに奇跡を』(角川書店)などがある。

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