聖守護神カシージャスの“内なる狂気”=スウェーデン 1−2 スペイン

小宮良之

内なる狂気が暴れだす

スペイン代表の最後方から味方を鼓舞するGKカシージャス 【Photo:アフロ】

 例外はもちろんあるが、多くのGKはピッチの外では人間的に極めてまともだ。気が優しく、鷹揚(おうよう)で、コミュニケーションに長ける。インタビューでもしっかりとチームのこと、自分のことを説明できる。一方でFWは概して気むずかしい。普段から感情の起伏が激しく、唯我独尊(ゆいがどくそん)で、物事を順序立てて説明するよりも本能的である場合が多い。FWに比べたら、GKはいわゆる“いい人”と言える。

 しかし、ピッチに入ったGKはFWもたじろぐほど、“いい人ではなくなる”。
 内に眠る狂気が目を覚ますのか。ゴールマウスではいつもぶつぶつと口元で何かをつぶやき、ピンチを招いたシーンで仲間を殴りかからんばかりにしかりつけたり。一種の暴力性は、内にある狂気が暴れ出した状態と言える。あるいは本能と理性のはざまで激しく揺れているようにも映る。
 それはネガティブな性癖とも言えるが、一方で狂気を生来的に持たない人間はGKに向かない。あまりのプレッシャーに、心も体もつぶれてしまうのだ。
“いかに狂気を飼い慣らし、平常心でいられるか”、それが優れたGKの条件とも言える。

スペイン代表とレアル・マドリーの類似点

 カシージャスが所属するレアル・マドリーは、「攻撃は防御なり」のスローガンを掲げるチームとして知られる。これは、観衆にとってはスペクタクルな試合展開だろうが、守備者は厳しい戦いを余儀なくされる。攻撃的な選手が前がかりになれば、後方にすきが生じるのは必定。信じられないことだが、カシージャスは2部へ降格するチームと同じようなシュート数を浴びながら、ほとんどこれを防ぎ切っている。

 スペイン人スポーツ記者たちは、「チェフ、ブッフォンは確かに優れたGKだ。しかしナンバーワンはカシージャスだ。彼らがもしマドリーのゴールを守ったら、ひどい目に遭うだろう」とうそぶく。それは的確に当たっていなかったとしても、大きく外れていない表現と言える。それほど、マドリーにおけるカシージャスの存在は大きい。

 実は、スペイン代表の状況はマドリーのそれによく似ている。ユーロ直前のペルー戦、アラゴネス代表監督が「ディフェンダーはディフェンスをしてから攻撃を考えろ! サイドバックが両方上がってどうやってゴールを守るんだ。バランスを考えてプレーしなければ墓穴を掘るぞ」と、攻撃しか頭にないサイドバックをたしなめているが、チーム全体の守備意識はお世辞にも高いとは言えない。守備にはもろさがある。

「死力を尽くして戦い、後は幸運を祈る」

 初戦のロシア戦も、スウェーデン戦も、彼の仕事は少なかったが、トーナメントを勝ち抜いていく中、彼の仕事は増えるだろう。逆説すると、もし彼が聖なる力を発揮できなければ、スペインは落陽(らくよう)の時を迎える。スーパーマンはピンチの時こそ駆けつけなければならない。
 ユーロ本大会、聖守護神に神の加護はあるのか。

――スペイン代表は国際大会では20年以上にわたり、期待されながらもベスト8を突破できていない。この“呪い”を解くにはどうしたらいいか。

 ある記者の質問に、カシージャスはさらりと答えている。
「死力を尽くして戦い、後は幸運を祈る。それしかない。特効薬なんてない」

 砦を守る静謐(せいひつ)な衛兵の本性が現れる。それが敵の進軍を止める神であれ、はたまた悪魔であれ。内なる狂気は、彼をおごそかにも妖(あや)しく変身させる。

<了>

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著者プロフィール

1972年、横浜市生まれ。2001年からバルセロナに渡り、スポーツライターとして活躍。トリノ五輪、ドイツW杯などを取材後、06年から日本に拠点を移し、人物ノンフィクション中心の執筆活動を展開する。主な著書に『RUN』(ダイヤモンド社)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)、『名将への挑戦状』(東邦出版)、『ロスタイムに奇跡を』(角川書店)などがある。

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