金メダルに最も近い男 トランポリン・上山容弘

岩本勝暁
 上山は現在、大阪体育大学の大学院生である。父親の手ほどきを受けて3歳でトランポリンを始め、6歳から本格的にキャリアをスタートさせた。高校3年の全日本選手権で個人初優勝。しかし、アテネ五輪の出場権をかけた2003年の世界選手権でまさかの予選落ちを喫した。長いキャリアの中で2度目の挫折だった。初めての挫折を経験したのは、小学6年生のときだ。だが、上山はそのたびに、自らの手で答えを導き出してきた。

2度の挫折を乗り越えて

――3歳で競技を始め、これまでに挫折を感じたことは?

 僕には2度の挫折があります。最初は小学6年のとき。1996年にカナダで世界の年齢別大会があって、初めて出場したんです。そこで世界大会の雰囲気にのまれてしまって、頭が真っ白になって失敗してしまった。それが本当に悔しくて、絶対に見返してやろうと。
 2度目は、アテネ五輪の選考会を兼ねた2003年の世界選手権で出場枠が取れなかったことですね。でも、その2度の挫折があったから今があると、僕は思っています。

――そのときに、もう一度頑張ろうと思った原動力は何ですか?

 最初は小学生だったこともあって、自分の中ではまだそれほど本気では取り組んでいなかったんですね。でも、悔しい思いをして、父親と約束したんです。そのときに本気で上を目指すと誓った。それがきっかけで、1回目の飛躍ができました。
 逆に2度目の挫折のときは、自分の問題だと考えたんです。ある程度時間を置いた上で気持ちの整理をつけて、自分の中で一つの答えを出した。それまでは守りに入った演技というか、思い切りのない演技だったんです。それが一番ダメだったんじゃないかと。魅せる演技なのに、守ってしまったら魅せられるものも魅せられない。だから、そこを変えないとダメなんじゃないかと自分の中で解釈しました。ある意味、失敗してもいいやくらいの気持ちで思い切ってやったんです。それが今の成績につながっていると思います。

オリンピックでは思い切り楽しみたい

 迎える8月の北京五輪。それに先駆けて、今年5月には地元の大阪でW杯も開催される。普段は洋服と音楽が大好きな23歳。だが、その双肩にかかる、五輪のメダル獲得と競技普及への期待は決して軽くはない。
 トランポリン界の輝かしい未来を担う青年は、特別なシーズンになるであろう2008年を、まっすぐな目線で見据えている。



――客観的に見て、ご自身の特徴をどう評価しますか?

 僕自身の魅力は安定感ですね。演技が乱れない。乱れても、すぐに修正することを強みにしています。

――乱れたときの修正は空中で?

 いいえ。空中というより、着床するトランポリンのベッドと呼ばれるところです。そこを踏んでいるときに、いかに調整するか。空中で修正しようと思っても、跳び上がっているので、できないんです。体を小さくして回転をかけたりはできるんですけど、本当に基礎となるのはベッドを踏んでいるとき。そこですべてが決まる感じです。

――まだトランポリンは世間的にはなじみの少ない競技です。普及に必要なことは何でしょうか?

 多くの人に興味を持ってもらうことが第一ですが、次に必要なのは指導者の下でしっかりと競技を行うことなんです。どんなスポーツでもそうですが、ちゃんとした指導者の下で行わないと、危険を伴う競技でもあります。トランポリンを使うと普段よりも高く跳べるので、一般の人でもバク宙などができると錯覚してしまうんです。それで、まだ体の使い方ができていないにもかかわらず、無理をして跳んで事故が起こることもある。やはり安全を第一に考えて、ちゃんと理解した上でトランポリンをやってほしい。だから、競技としてのトランポリンを知ってもらいたいんです。

――現在、世界ランク1位です。ご自身の中では世界のトップをイメージしているんでしょうか?

 どちらかというと、追いかけている方です。まだ上にはたくさん選手がいるから、そこに向けて頑張って行こうと。確かにランキングは1位ですが、あまり意識はしていません。一つの指標にはなりますが、ランキングが低くても新しく出てきてトップになる選手はいますから。その大会、その大会で優勝した人が一番強い。実際、昨年の僕は優勝できていないので、今は追いかける立場という感じですね。

――最後に北京への意気込みをお願いします

 オリンピックは、一生に一度出られるか出られないかの大会じゃないですか。だから悔いは残したくないので、思い切り楽しみたいと思っています。メディアの方からメダル有望と言っていただけるのはうれしいんですけど、あまりそこにとらわれ過ぎたくはない。まずは自分のやらなきゃいけないことをしっかりやらないと、メダルも見えてきません。全力で頑張って、オリンピックでは楽しみたいと思っています。

<了>

上山容弘(うえやまやすひろ)

1984年10月16日生まれ 大阪府出身

 選手だった父親の影響で3歳からトランポリンを始め、大阪府立日根野高1年時に全日本選手権シンクロナイズド競技で初優勝。同校3年時には個人初優勝も果たす。05年の世界選手権では個人、シンクロ、団体の全部門でメダルを獲得。さらに06年にはワールドカップ(W杯)で4連勝を含む5勝を上げ、W杯ファイナルでも優勝し、日本人初の世界ランキング1位に輝く。現在、大阪体育大学大学院に在籍。

<過去の主な成績>
00年 全日本選手権 シンクロナイズド競技優勝
02年 全日本選手権 個人優勝
03年 全日本選手権 シンクロ優勝
04年 全日本選手権 シンクロ優勝
05年 世界選手権 個人2位 シンクロ3位
    全日本選手権 個人優勝、シンクロ優勝
06年 W杯シリーズ 個人優勝5回、シンクロ優勝3回
    W杯シリーズファイナル 個人優勝、シンクロ2位
    全日本選手権 個人優勝
    ドーハアジア大会 4位
07年 世界選手権 個人3位、シンクロ優勝、団体2位

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著者プロフィール

1972年、大阪府出身。大学卒業後、編集職を経て2002年からフリーランスのスポーツライターとして活動する。サッカーは日本代表、Jリーグから第4種まで、カテゴリーを問わず取材。また、バレーボールやビーチバレー、競泳、セパタクローなど数々のスポーツの現場に足を運ぶ。

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