ガソルが米国との対決望むスペイン
去年9月、スペインで行われたヨーロッパ選手権のとき、街に大きく掲げられた広告に書かれていたフレーズだ。
「昔、スペインは国際大会であまりいい成績を残していなかったときがあった。『スペインは負けて当たり前』みたいな感じだったのだと思う」と説明するのは、現スペイン代表のエース、パウ・ガソル。
「今は違う。僕らは勝つこと、いい成績を収めることを求められるようになってきた。スペイン人であることは、言い訳ではなく誇りになったんだ」
そう説明してくれたものの、実際にはガソルは「スペインは負けて当たり前」の時代を自分では体験していない。むしろ、“言い訳”を“責任”に変えた一番の立役者と言ってもいい。
子どもの時にバルセロナ五輪に出た米国代表のドリームチームを間近で見たガソルは、今では自らスペインの“ドリームチーム”を率いている。ジュニア代表のときにジュニア世界選手権で優勝したのをはじめ、正代表となってからも強豪ぞろいのヨーロッパで常に上位に入るようになり、2006年には、日本で行われた世界選手権で優勝を果たして、世界一の称号を得た。
「日本でのことは素晴らしい思い出として心に残っている。僕自身にとっても、バスケットボール選手としてこれまでで一番大きな達成感がある優勝だった」と言うと、ガソルは満面の笑みを浮かべた。ガソル自身は準決勝で足を骨折、決勝戦のときは松葉杖姿でベンチから眺めるだけだったのだが、優勝したことでそれもまたいい思い出に包まれている。
2つの世界――クラブの低迷、代表での栄光
ガソルの入団後3シーズン目で50勝32敗の成績を挙げ、3年連続でプレーオフに出場したものの、そこから前には進めなかった。プレーオフで一度も勝ち星を挙げることができないままに、チームは再び低迷し始めた。
成績が落ち込んだこと以上に、チーム売却の話が出回り、チームの進む方向が見えないこと、上昇しそうな気配がないことがガソルの気を滅入らせた。
夏の間、スペイン代表で成功を収めることができても、シーズン中の低迷は我慢できなかった。密かにチームに対して「勝てるチームに出してほしい」とトレードを求めたところ、その話が外に漏れ、地元ファンからブーイングをされるようにもなった。スペインで受ける喝采と、メンフィスで受けるブーイング。スペインで経験した頂点と、メンフィスで経験した底辺。ガソルの一年は2つの世界に分割されているかのようだった。
大きな転機となったレイカーズへのトレード
「人生がこんなに劇的に変わるとは思わなかった」とガソルはあとから振り返った。
伝統ある名門で、優勝に向かって努力することを求められるレイカーズは、グリズリーズとはまったく違う環境だった。ブルズとレイカーズを9回の優勝に導いたヘッドコーチ、フィル・ジャクソン。今シーズンのNBAのMVP有力候補、コービー・ブライアント。ガソルのパス能力を生かすことができるシステム。ガソルが入ったことでさらに戦力を増したレイカーズは、57勝25敗、ウエスタン・カンファレンス首位でレギュラーシーズンを終え、優勝を目指してプレーオフの戦いをスタートさせている。
スロベニア出身のサーシャ・ブヤチッチとジョークを言い合い、イタリアで育った米国人、コービー・ブライアントとスペイン語で会話を交わす。ロッカーを見渡すと、フランス人のロニー・トゥリアフ、セルビア人のブラデ・ラドマノビッチ、コンゴのDJ・ベンガもいる。まるで国連のような国際色豊かなレイカーズは、一見スペイン代表と正反対のようでもあり、それでいて同じ空気も感じられ、ガソルにとってもとても居心地がいい環境だ。何よりも、勝つことへのこだわり、誇りが浸透しているのが心地よかった。
「夏のオリンピックも楽しくなりそうだ」とガソルは言う。トゥリアフのフランス、ラドマノビッチのセルビア、ベンガのコンゴはすでに北京オリンピック出場権を逃しているが、ブライアントは復権を狙う米国代表として出場する。冬にチームメートだった二人が、夏には敵味方になって、それぞれの国の誇りをかけて戦う。ガソルにとって、これほど楽しみなことはなかった。
「米国対スペインの決勝なんていいんじゃないかな」
そう言うと、ガソルはまた笑顔を浮かべた。
<了>
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