沙羅、プレ五輪で得た「意味ある勝ち方」 難しい条件で達成したW杯最多タイ53勝
「50勝目の方がプレッシャーはあった」
平昌大会でW杯通算最多タイの53勝目を挙げた高梨沙羅。記録以上に意味のある勝利をつかんだ 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】
この53勝目にも初日は2位と足踏みはしたが、高梨自身は「50勝目の方がプレッシャーはあった」と言う。それは区切りの数字でもあり、1月8日のドイツ・オーベストドルフでのラージヒルで49勝目を挙げて「区切りの勝利を地元札幌で」という思いを強くしたからだった。だがその思いの強さが、彼女のジャンプを狂わせた。
微妙な感覚に影響 試合の条件と、強い思いと
雪が吹き荒れる中、競技に臨む高梨。写真は1月20日、W杯蔵王大会 【写真:田村翔/アフロスポーツ】
「前の試合がラージヒルだったので、自分の中でもその方に入り込み過ぎたのかなと思います。その余韻というかそのイメージの方に傾いてしまったので、それが良くなかったのかなと思います。やっぱりたくさんの方に期待されていたので『50勝目は札幌で』と思っていたが、反省することが多かったので悔しい思いとともに申し訳ないという思いもあります」
初日は2本とも最長不倒距離を飛んだ伊藤有希(土屋ホーム)に圧倒される2位。大きなジャンプ台で慣れた助走の滑りを、海外のジャンプ台と比べれば難しいといわれる宮の森ジャンプ台の形状に、うまく合わせきれなかったのだ。
それでも2日目の予選では、追い風が少し強いなかでも全選手で2位の90メートルを飛んで復調の気配を見せた。だが弱い向かい風が吹く条件になった1回目には93メートルを飛んだが4位に。2本目は上体が少し上に立ち上がるような踏み切りになってしまい、89メートルに止まって4位という結果に終わったのだ。
「50勝目の方がプレッシャーはあった」と話す高梨。札幌、蔵王と続いた国内大会でのは勝利ならず。続くルーマニア・ルシュノブ大会で50勝目を達成した 【写真:田村翔/アフロスポーツ】
日本でいい結果を出したいという思いが強かっただけに、前日の試合が2位に終わったことで焦りもあったと思うと高梨は話した。感覚はつかみかけてきてはいるが、それをまだ安定させられないと。そう悩む助走姿勢の狂いは、本当に微妙なものでもある。修正能力が高い高梨がその力をなかなか発揮できなかった要因のひとつには、区切りの50勝を日本のファンの前でなし遂げたいという思いがあったからだ。
その悩みは次の蔵王大会でも引きずってしまった。助走スピードも少し改善されて20日の第1戦では2本目に鋭い踏み切りを取り戻して1位になる95メートルを飛んだが、1本目の強い追い風の中での85メートルという失速ジャンプが尾を引いて5位。2日目も向かい風が極端に弱くなっていた2本目はいい踏み切りをして全体で3位になる94.5メートルを飛んだが、1本目に100メートルを飛んだ伊藤に0.8点だけ届かない得点で最終結果は2位にとどまり、日本での50勝は果たせなかった。
蔵王で少し見えはじめた復調への兆しは28日からのルーマニアのラスノフ大会で形になり、2日目の逆転優勝へとつながった。そこで流れをつかんだ高梨は昨年も連勝しているオーストリアのヒンゼンバッハでは、2本とも1位の完全優勝を2試合続けて復調をアピールしたのだ。