日本球界のデータ活用例とは!? 変わりつつある選手指導の現場から

スポーツナビ

国学院大で学生にバイオメカニクスを教えながら、野球の動作解析の研究も行っている神事氏 【スポーツナビ】

 データの活用が重要視されつつある日本球界。実際どのようなデータが使われて、どのような形で選手にフィードバックされていっているのか。現在、プロ球団でのデータ解析に携わり、かつては社会人野球のピッチャーを指導してプロへと導いた経験もある国学院大人間開発学部助教の神事努氏に昨今のデータ事情を聞いた。

危険な投球フォームなどを研究

――まずは今の活動内容を教えていただけますか?

 大学の教員をしています。学生にバイオメカニクスを教えるというのが基本的な仕事になります。また、野球に関する研究もしています。研究手法のひとつが動作解析で、アマチュアからプロの野球選手のデータを計測し、解析やフィードバックを行っています。さらに、そのデータを使って論文を書いたり、学会で発表しています。

 私はこれまで、ボールのキレや伸びを評価するためのボールの回転数や回転軸の方向、そしてボールの変化量に関する研究をしてきました。今は、どうやってボールに回転を与えているのか、危険な投球フォームとはどんなフォームなのかなどを研究しています。

――研究者としての活動は大学以外のフィールドでも行っているのでしょうか?

 球団名を挙げることはできないのですが、プロ球団でのデータ解析も行っています。JISS(国立スポーツ科学センター)で行うことが多いのですが、プロ選手の投球フォームを計測し、選手や球団にフィードバックしています。

――実際に試合の現場で解析なども行われているのですか?

 実験場で行っています。具体的にはモーションキャプチャーシステムというものを使っています。身体に反射マーカーなどを付けて、マーカーの座標を計測し、それを微分積分、三角関数、運動方程式などを用いて、ひじや肩の負担やボールの回転を解析しています。

 その結果をデータベースと比較し、あなたのボールの回転速度は平均よりも速いですね、遅いですねとか、ボールが何センチ変化していますねという診断を導き出します。その時点でピッチャーの特徴を研究者の目線からフィードバックしつつ、研究の結果からこのようなトレーニングをしたらよいと助言する場合もあります。

 また、助言をしなくてもセルフコーチングできる選手も多くいます。選手に結果を示すだけで、選手自身の感覚を結果にすり合わせ、この感覚だとこうなるんだ、この感覚だとダメなんだということを試行錯誤して、良いパフォーマンスへ結びつけていくような選手が増えています。

データ活用で社会人投手をプロへ

――近年の活動の中で、具体的なケースをご紹介いただけませんか?

 ある社会人野球のピッチャーを計測していたのですが、時速145キロ以上のボールを投げるのに、なぜかヒットを打たれてしまうという課題を持っていました。ボールのキレや伸びがないと言われていたようですが、投球を計測して分かったことがありました。それは、このピッチャーの投球したボールは、回転速度が非常に遅かったということです。

 その選手はプロのドラフトにかかる年齢としてはギリギリ。焦りもあったようで、「どのようなトレーニングが効果的ですか?」と相談されました。私は、大きさの違うボールや中身が空洞の軟球を投げることを提案しました。力学では、物体の回転のしにくさを表す慣性モーメントと呼ばれる物理量があるのですが、大きいボールや空洞のボールは普通のボールとはこの値が違います。慣性モーメントの違うボールを投げることで指先の感覚を変える。このトレーニングは普通のピッチャーだと嫌がりますが、感覚を変えないことには回転数が上がらないので、限られた時間でプロに行きたいのであればこういうトレーニングをやっていきましょうということを説明しました。

 提案したようなトレーニングをオフシーズンに試してくれたようです。3カ月後に、「自分の中でもちゃんとボールが引っかかるような感覚になってきたので改めて計測したい」という依頼を受け、再度計測することになりました。すると、回転速度が25パーセント上昇していました。実際に試合で投げても、かなり良い成績で、スカウトの目にとまってプロ入りをしました。その選手は今でもチームの中心選手として活躍しています。

――日本の野球界でも、やはりデータの重要性は上がってきているなと感じますか?

 そうですね。今はテクノロジーの進歩によって計測できるデータそのものが増えてきています。プロはもちろん、アマチュアでもデータの蓄積は進んでいると思います。しかし、このデータを競技力向上に役立てなければいけません。「誰のためのデータか」ということを考える必要があって、まだまだ指導現場で有効に活用されているとは言いがたいのが実情です。となると、データを解釈して現場まで持っていく人間、データコーディネーター的な人材が必要かなと感じています。

 技術と体力を分けて考えた場合、野球は技術の要因が成績に占める割合が高いスポーツだと思っています。体脂肪率や筋量のような身体組成や、筋力、パワー、疲労、心拍などが数値化されて、選手の状態がよく分かるようになってきました。つまり、生理学的な部分でデータが活用されているということです。

 技術的な部分を評価するのは、データを出力するまでに時間がかかってしまったり、精度が低かったりしました。しかし最近では傾向が変わりつつあります。バットにセンサーを付けて技術を評価したり、ボールの回転が精度良く計測できるようになってきています。現在の野球界は急激に技術の部分を数値化できるようになってきています。そのテクノロジーが日本の野球界を変えつつあるな、というのは肌感覚として感じています。

1/2ページ

著者プロフィール

スポーツナビ編集部による執筆・編集・構成の記事。コラムやインタビューなどの深い読み物や、“今知りたい”スポーツの最新情報をお届けします。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント