なぜクラブの情報開示が重要なのか? コンサル目線で考えるJリーグの真実(4)

宇都宮徹壱

クラブの降格は「リーマン・ショック級の衝撃」?

「Jリーグの配分金に関しても、クラブは戦略的に使用し、Jリーグ側はアドバイスする体制を組むことが経営の最適化につながる」と里崎慎さんは語る 【宇都宮徹壱】

――Jクラブの売上の項目で無視できない要素となっているのが、リーグからの配分金です。多くのクラブが売上高の1位が広告収入、2位が入場料収入となっているわけですが、3番目がグッズ収入か配分金の収入なのかというところで、クラブ経営の安定性は変わってくるのでしょうか?

 配分金に関しては今後変更が予定されているものの、現状はリーグごとにほぼ一律ですから、小さいクラブになればなるほど、その意味合いが大きくなっていく傾向がありますね。リーグからの配分金には放映権の配分が含まれているため、もちろん意味のある活動ですし、もっと増やせるなら増やしたほうがいいとは思います。ただし、配分されたお金が何に使われているのか、Jリーグがきちんとモニタリングできているのかどうか分かりにくいんですよね。

――え、そうなんですか?

 少なくとも、Jリーグ側はそれを外部に公開していません。これが自治体からの補助金だったら、「このような用途で使います」と申請して、出てきたお金の収支報告をきちんと報告するのが当たり前のサイクルです。でもJリーグの配分金の場合、ホームタウン活動などの活動原資に使うことを条件としているものだと理解していますが、実際に何にいくら使ったのか、開示されている情報からは見えてこないですね。もちろん配分金は補助金ではないので、すべてを報告する義務や必要はないとは思うんです。それでもクラブとしては、そのお金を戦略的に使ったほうが経営の最適化につながりますし、リーグとしても、そうしたアドバイスができるような体制を組むことが全体最適につながるものと、個人的には感じています。

クラブ平均(グレー)、最大(グリーン)、最小(ライトグリーン) 『J-League Management Cup 2014』より 【提供:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー】

――配分金は小さいクラブにとって、確かにありがたい収入ではあると思うんですよ。でも、それに頼りすぎるリスクというのは確実にあると思います。実際、もしチームがJ1からJ2に降格した場合、配分金はその半分になってしまうリスクがあるわけですから。

 今回、資料を作成してみて分かったのが、J1とJ2、そしてJ2とJ3でものすごく事業規模の差があるんですね。ですから降格という外部環境の変化は大げさでなく、リーマン・ショック級の衝撃をクラブに及ぼすわけです。自分たちのやるべき仕事は変わらないはずなのに、J1からJ2に降格した瞬間に外部環境ががらりと変わってしまう。今まで当たり前に享受できていたものが、いきなり失われてしまうという事態が、各クラブに毎年のように起こり得るわけです。

――「リーマン・ショック級」というのは穏やかではないですね。どういったリスクヘッジが考えられるのでしょうか?

 やり方は大きく2つあると思います。1つは、リーグ間の事業規模格差を極力少なくすること。J1とJ2の差が3倍から4倍の売り上げ規模があると、降格したら売上が3分の1になって、まともな経営ができなくなります。そうならないためにも、J2やJ3の経営規模を徐々に底上げする必要があると思います。もう1つは、降格のシステムに手を加えること。たとえばメキシコのリーグは、3シーズンの成績で昇降格が決まるから、「たまたま」という感じで強豪が降格することはない。もちろん、そのシステムが日本になじむかどうかは別の話ですが。

川崎のイベントは収益に貢献していない?

『J-League Management Cup 2014』より 【提供:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー】

――デロイト トーマツさんのKPIの中で「販管費100万円あたりの入場料等収入の見方」というのがありました。この「販管費」というのは、いわゆる「諸経費」だと思うのですが、なぜ入場料収入と対比させているんでしょうか?

 ここに込めたメッセージというのは、前回お話したチーム人件費との兼ね合いもあるんです。チームの人件費というのは、まさにFM(フィールド・マネジメント)のところとの接点で見える指標なんですけれども、この販管費というのはBM(ビジネス・マネジメント)のほうにかかっている費用だと考えています。

 たとえば広告宣伝費。ポスターを作ったりイベントを開催したりというのも、この販管費に入ってくるんですけれど、間接的に売り上げに貢献する「間接経費」というイメージなんですね。そうしたBM側の活動によって、どれだけ入場料収入に反映されているのか、という発想が出てくるのかなと。

――たとえば川崎フロンターレが、フォーミュラカーを試合会場に持ってくる費用なんかも、この販管費に入ってくるわけですね?

 クラブの実際の処理方法は分かりかねますが、集客のためのイベントとして考えると、その可能性が高いものと想定しています。試合も含めてスタジアム空間が楽しめる「ボールパーク化」というものが最近よく話題になりますが、そのためのさまざまな仕掛けについても「費用対効果をきちんと見ていますか?」という話につながっていくんだと考えます。何かイベントを打つにしても、ただ「盛り上がったね」で済ませるのではなく、PDCA(※)のC(チェック)が見えて初めて、次のアクションが見えてくるわけですから。

――つまりこのKPIは、100万円を使って広告なりイベントなりを打って、それがどれくらい収入につながったのか、という指標なわけですね。資料によると、セレッソ大阪が100万円に対して174万円を稼ぎだしてトップです。おそらくこの年(14年)のセレ女ブームやフォルランの加入などで、グッズがたくさん売れたことが数字に反映されていると思うのですが、さまざまなイベントが話題になっている川崎は96万円で下から3番目ですね。この結果はどうご覧になりますか?

 確かに数字上では、あまり収益に貢献していないという結果になっていますが、留意が必要なのは、このKPIは単年度の短期的な評価であるということです。そのため、これをどうとらえるのかは経営判断だと思いますね。数字が低いからやめたほうがいいのか、数字に表れない効果を評価するのか。たとえばですが、川崎のユニークなイベントによって、クラブに愛着を持つ子供たちが増える。やがて成長した彼らが、ゴール裏で飛び跳ねたり、さらにはメーンスタンドで家族を連れて観戦したりするようになったら、長い目で見て効果のあった施策だと言えますよね。

会計上は「費用」となるものでも、経営的には「投資」ととらえることもできる。大切なのはクラブがその意図を説明することだ 【(C)J.LEAGUE PHOTOS】

――つまり「未来への投資」ってことですよね?

 そうです。会計上は「費用」なんですけれど、経営的にはそれを「投資」と考えることもできるわけですね。いちおうは経営戦略というくくりにしているんですけれども、そうした短期的な広告宣伝効果だけではなく、中長期で見たときの投資的な意味合いでやるということであれば、それはそれでありなわけです。「クラブとしてこういう意図があります」という説明責任を果たすことで、中長期的な投資効果というものをステークホルダーにも納得してもらえる。そこで最初の話に戻るんですが、クラブの情報開示には、そうしたメリットもあることを強調しておきたいですね。

<第5回に続く>

※PDCAサイクル:計画(plan)、実行(do)、評価(check)、改善(act)というサイクルを繰り返すことによって、業務を改善していくマネジメントの手法

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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