期待される若きフランス代表に故障者続出 ユーロ開催国の盛り上がりとテロの影響

木村かや子

実際にターゲットとなったスタッド・ドゥ・フランス

昨年11月のフランス対ドイツ戦では、スタッド・ドゥ・フランスの外で自爆テロが起きた 【写真:ロイター/アフロ】

 前述の市場調査に話を戻すと、64%がファンゾーンの廃止に反対している一方で、56%が自分の家族には、そういったところに行かないようアドバイスすると言っている。また71%が、スポーツ施設の警備はしっかりしていると考えている一方で、その半数が、多少のリスクがあるとは思うと答えている。

 つまるところ、危険の存在は意識してはいるが、それを恐れて極端に行動を控えたり、あるべきものを廃止したりはしたくない、というのがフランス人のスタンスである。実際、開催都市の試合日のホテルは満杯であり、チケットもよっぽどそそられないカードか、高額の席でない限り、公式な売り場ではほぼ売れ残りはない状態だ。

 ファンゾーンにも勝る警備が予想されるスタジアムに関しては、持ち物検査や身体検査が厳しくなる分、入場の際に行列ができることが予想され、観客は余裕をもって数時間前に会場に出向くよう呼び掛けられている。現在行なわれているテニスの全仏オープンでも、メタル探知機を含めたさまざまなセキュリティチェックのため、通常以上に長蛇の列ができている。テロリストは、わざわざ警備が厳しくなる時期ではなく、大会の前後を狙ってくるのではないか、という説もある。理論上、他の西欧先進国がテロの脅威にさらされる確率はフランスと同等のはずだが、それでも、特にこのユーロを警戒して然るべき理由はある。

 第一に、ユーロのような注目の集まる舞台でのテロ攻撃は、“PR効果”が大きい。第二に、フランスはアルジェリア人など多くのイスラム教徒を帰化させてきた国であるため、イスラム過激派組織とつながりのある者が、フランス人としてすでに国内に居住している可能性が高い。フランス国籍を持ちながらフランスを敵視するイスラム教徒たちの存在は、今や紛れもないフランスの社会問題となっているのだ。第三に、前回の同時多発テロが、フランス対ドイツの試合があった日に起こり、その際に、スタッド・ドゥ・フランスもターゲットになったという前例。これはテロリストが、サッカーの試合を攻撃の好機と見なしているという事実の証しだ。

 11月13日(現地時間)のフランス対ドイツの日、犯人はスタジアムに遅れて入ろうとして警備員に止められた。身体検査で爆弾を見つけられ、中に入ることができないまま、逃走しながら入り口の外で自爆した。そのときの爆音はプレー中の選手が振り返るほど大きく響いた。幸い、サンドゥニでは犯人以外の死者は出なかったが、スタジアムに出没した一味の3人のうち1人は、チケットを持っていたと、のちに報じられている。つまり、うまく中に入っていたら、客席で自爆していた可能性もあったということだ。

 スタジアムの警備は厳重なはずだ。しかし5月末のフランスカップ決勝の際に、その厳重な警備にもかかわらず、スタッド・ドゥ・フランスのサポーターたちが、爆竹や発煙筒、ガラスの瓶などの禁止物品を楽々と持ち込んでいたことも、警備の限界を提示していた。何万人という人々の、荷物の底の底までをひっくり返す時間があるのだろうか? スタジアム入場の警戒が厳しくても、それゆえにできる行列など、会場前の雑踏でやられたら? 

 などと、心配し始めたらきりがないのだが、切符の売れ具合から見て、テロの可能性によって、国民のユーロへの興味が薄れたり、観戦意欲を減退させられることはないようだ。しかし、ファンゾーン以外でのパブリックビューイングが自制されるだろうことは、想像に難くない。会場に向かう公共交通機関の保安も気にならないことはないが、それより、ここ数日起きている、電車のストのほうが、テロ攻撃よりもずっと起こる確率が高い“脅威”だと言える。

ここに来て故障者続出、ピンチのレ・ブルー

ここに来て故障者続出のフランス代表だが、グリーズマン(写真)らに期待がかかる 【写真:ロイター/アフロ】

 最後に、国民のフランス代表への期待について。2010年W杯の失態(チームの内紛もあり、最下位でグループリーグ敗退)以来、フランス代表のメンバー同様、国民もまた謙虚になることを学んだ。今、彼らが代表から望むのは、チームがベストを尽くして立派に戦い、できる限り勝ち進む、ということだけだ。

 現代表は若く、まだ未熟なところもあるが、生きのいいプレーで比較的ストレートにゴールを目指し、失点もするかわりに多くのゴールを挙げる。彼らはカリム・ベンゼマが恐喝の手伝いをした嫌疑で警察に召喚されて不在だった昨年11月以降にも、小気味のいいプレーで、ドイツ、オランダ、ロシア相手に2点以上を挙げて勝ち、エースストライカー不在の痛手を感じさせなかった。

 実際、それらの試合は、守備では23歳のバラン、中盤では23歳のポグバ、攻撃では25歳のグリーズマンを要とした、新しいフランス代表が生まれつつある、という印象を与えたのである。

 フランスサッカー連盟は4月、セックスビデオに関わるマチュー・バルブエナの脅迫に加担した嫌疑で取り調べを受けたベンゼマを、招集の対象にしないことを決めた。それは、得点には事欠かなかった上記の一連の親善試合の結果と、チームのいい雰囲気を見て、これならばベンゼマなしでもそこそこいける、という手応えを得たからでもあったのだろう。

 一方、ユーロが差し迫った現在の大きな問題は、仏代表23人のメンバー発表後、ディフェンスの不動の要だったバラン、さらにはその代役になれるはずだったジェレミー・マチューまでが故障で招集できなくなり、守備が一気に弱体化してしまったことだ。それでなくとも、若さゆえの一瞬の集中力の欠如から、ほぼ毎試合失点があったチームを、バランの守備センスと冷静さが支えていたのだが、代わりに呼ばれたアディル・ラミは、落ち着きがなくポカが多い選手で、先の準備試合ではさっそく失点の元凶となった。さらに5月31日、ラサナ・ディアラまでが故障し、緊急でモルガン・シュネデルランが呼び寄せられることになった。

 つまり、主力がそろえば期待できそうだったこのチームに、直前で“緊急事態”が発生し、行方は予想がつかなくなった。大会の盛り上がりには、フランス代表の躍進が一役を買うだけに、大会の安全とともにレ・ブルーの奮起を祈るしかない。

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著者プロフィール

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。2022-23シーズンから2年はモナコ、スタッド・ランスの試合を毎週現地で取材している。

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