サンキュー水戸! サンキュー柏! 熊本ホームの日立台で見たJリーグの底力

宇都宮徹壱

「戦えなかったら、ピッチに立つ資格が無い」

何とか勝ち点がほしい熊本は、守備に人数をかけてワントップの巻にボールを集める戦術を徹底させていた 【宇都宮徹壱】

 この日の熊本のスタメンは、前節から4人を入れ替えてきた。しかもスタメンから外れた4人のうち、ベンチ入りしたのは平繁龍一のみ。主力である清武功暉と高柳一誠を帯同させなかった理由について、清川浩行監督は「戦術的な理由。けがではない」と説明していた。しかしある報道によれば、2人とも体調不良で19日の練習を休んでおり、しかも「インフルエンザの可能性がある」とのこと。ちなみに先週の千葉戦でも、4人の選手がインフルエンザを発症している。被災地での過酷な生活が、免疫力低下の要因になっている可能性は十分に考えられよう。ともあれ、熊本は今いる選手でベストを尽くすしかない。

 熊本は「後ろの人数を厚くして何とか耐えるゲームという狙い」(清川監督)から、今季初めてとなる3バックを採用。高さのある巻誠一郎をワントップに据え、しっかり守ってから巻にぶつけて、セカンドボールを拾ってチャンスを狙う戦術を徹底させていた。しかし急造ゆえに、守備面ではそこそこ機能したものの、攻撃面ではさっぱり。この日は右のワイドで起用されていた藏川洋平も「攻撃になったところで、厚みが全然なかった。巻が孤立している場面が多かった」と振り返る。結局、前半の熊本のシュートはわずか1本に終わった。

 もっとも、対する水戸も前半のシュートは2本のみ。西ヶ谷隆之監督は「前半は身体が重かったし、ミスを恐れて逃げ腰なサッカーになっていた。これでは熊本に対しても失礼」と不満を募らせていた。「復興支援マッチ」特有の雰囲気が、選手のプレーに微妙な影響を与えていたのは間違いない。ハーフタイムで指揮官は選手にこう強く要求したという。

「サッカーは相手があってこそ。僕らがしっかり戦わなければ、良いゲームにならない。戦術も大事だけれど、こういう試合は気持ちの部分が大事。戦えなかったら、ピッチに立つ資格が無い」

 ハーフタイムでの気持ちの修正が功を奏し、後半の水戸はさらにギアを上げて攻撃を仕掛けてきた。それでも何とか耐え忍んでいた熊本であったが、後半36分についに均衡が破られる。左サイドに侵入した船谷圭祐に対し、熊本は人数をかけてプレスをかけようとした瞬間に折り返され、これを三島康平がニアサイドから右足で流し込む。前節の千葉戦に比べれば、選手の試合勘やコンディションもかなり戻った印象を受けたが、それでも試合終盤には数名の選手が足をつるしぐさを見せていた。試合は、そのまま1点差で水戸が逃げ切りに成功。4月9日以来となった熊本の「ホームゲーム」は、あえなく勝ち点ゼロという結果に終わった。

試合開催に不可欠だった水戸と柏の存在

熊本にエールを送る水戸のサポーター。復興支援が長期化する中、「サッカーだからできること」はある 【宇都宮徹壱】

「ひとりひとりは、今できることを最大限出しきっている。そういう中で勝ちにつながらないのは、僕らとしてもきついですね。ゴールを取れなかったこと、攻撃の時間が短かったことは、しっかり受け止めないといけない。今日、熊本ではたくさんの皆さんが(テレビで)見ていただいていました。僕らも地元の人たちに笑顔を届けたかったのですが……」

 試合後の巻のコメントである。前節の試合終了後のインタビューでは、感極まってなかなか質問に答えられない様子がテレビに映しだされていたが、この日は悔しさをにじませながらも気丈にメディア対応をこなしていた。これで地震を挟んで4連敗となったことについて聞かれると、「またチャレンジします。勝ち点3を熊本に持って帰れるように、何度でも、何度でも」と、自らに言い聞かせるように語っていた。

 熊本にとっては、何とも残念な結果に終わった今回の「ホームゲーム」。だが私には、勝ち負けを超えたところでの「Jリーグの底力」というものを感じさせる素晴らしいゲームであったと思っている。まず、熊本から1200キロ以上離れた日立台での開催だったにもかかわらず、8201人もの観客が集まったこと。元柏の藏川も「今日に限って日立台のスタンドが赤くなっていたので、ちょっと不思議な感じがしましたね」と驚きを隠さない。前出の時任さんのように、関東在住の熊本サポーターや県人会など、多くの熊本出身者が故郷のクラブを応援するために日立台に駆けつけてくれたことで、選手やクラブ関係者も大きな励みになったはずだ。

 もちろん、熊本だけの力では、今日のゲームがこれほど盛り上がることはなかっただろう。まず、対戦相手の水戸。全力で90分間を戦った選手たちは、試合後、熊本側が用意していた「がんばろう! 九州・熊本」の横断幕を一緒に掲げながらスタジアムを一周してくれた。水戸のサポーターからも、熊本を激励するゲートフラッグが掲出され、「ロアッソ熊本!」コールが何度も発せられた。そして、会場を提供してくれた柏。前述したボランティア活動のみならず、スタンドには少なからぬ柏サポーターが駆けつけ、さらには柏のスタッフやマスコットのレイくんも献身的な働きを見せていた。

「サンキュー水戸! サンキュー柏!」

 試合後、熊本からの感謝の気持ちがこもったエールに、これまで「つながり」と「共生」を大切にしてきたJリーグの底力をあらためて実感した。これから支援活動が長期化する中、「サッカーだからできること」はまだまだある。そんなことを気づかせてくれた、今回の復興支援マッチであった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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