長い中断を経て行われた奇妙な準々決勝 天皇杯漫遊記2015 仙台vs.柏

宇都宮徹壱

オフのようでオフでない1カ月

天皇杯準々決勝が行われた仙台のユアスタ。ここでJ1の公式戦が行われたのは10月25日が最後 【宇都宮徹壱】

 8月29日に開幕した今年の天皇杯も、早いもので準々決勝に入った。試合が行われるのは、宮城のユアテックスタジアム仙台(ユアスタ)、大阪のヤンマースタジアム長居と万博記念競技場、そして長崎の県立総合運動公園陸上競技場。今回は東京から最も近いユアスタで12月26日に行われる、ベガルタ仙台と柏レイソルの対戦を取材することにした。仙台には前日入りしたのだが、さすがにクリスマスということもあり、メインストリートである定禅寺通りはイルミネーションの見物客でごった返していた。

 人波をかき分けるようにして、地元のサッカーバー『ヘイスタ』に到着したのは夜の8時半を回った頃であった。現在、日本代表U−22代表監督を務める手倉森誠氏も、仙台の監督時代によく訪れたというこの店は、仙台サポーターのたまり場としてつとに有名である。が、やはりクリスマスゆえなのか、店にいたのはマスターひとりであった。

「まあ、クリスマスですから仕方ないですよ。ただ、サポーターはみんな、明日の天皇杯を楽しみにしていますね。ユアスタでのホームゲームは、2カ月前(10月25日)のガンバ(大阪)戦以来ですからね。あ、天皇杯もあったか(11月14日の松本山雅との4回戦)。試合自体、先月(11月22日の川崎フロンターレ戦)にやったきりですし。だから私も、最近のチーム状態をよく知らないんですよ」

 グラスを磨きながらボヤキのように語るマスターの言葉を聞いて、私は「そうだよなあ」と大きく頷いた。今年のJ1リーグはチャンピオンシップ(CS)の導入により、前年よりも早くレギュラーシーズンが終わっている。例年ならば12月の第1週までゲームは行われているが、CSに絡まず、天皇杯もすでに敗退が決まっているチームは、11月23日の時点でオフに入ってしまうのである。一方、11月15日の天皇杯4回戦を勝ち上がった8チームは、われわれがCSやクラブワールドカップに夢中になっていた間、オフのようでオフでない、実に奇妙な1カ月を過ごすこととなった。

 ちなみに26日の準々決勝が終われば、準決勝は29日、決勝は来年の1月1日である。1週間の間に3試合のハードスケジュール。何ともちぐはぐなスケジュールである。今さら2ステージ制やCSの是非を語るつもりはないが、日程の変更によって歴史あるカップ戦が大いにあおりを受けたという事実はあらためて指摘しておきたい。

「ありがとう村上 仙台で2度プレーしてくれて」

バックスタンドに掲げられた、今季で契約満了となる村上へのメッセージ。この日はスタメン出場 【宇都宮徹壱】

 翌26日は快晴。仙台の街は前夜のクリスマスムードから、年越しの風景に一変していた。年末の慌ただしさを肌身に感じながら、キックオフ45分前にユアスタの記者席に到着。ふとバックスタンドに横断幕が掲げられてあるのに気が付く。そこには「ありがとう村上 仙台で2度プレーしてくれて」と書かれてあった。

 今季限りでの戦力外となった村上和弘は、2001年から06年、そして14年途中から今季まで、2度にわたって仙台のDFもしくはMFとしてプレーしてきた(06年にはキャプテンも務めている)。12月上旬に行われた合同トライアウトでは、ゴールを決めて「まだまだできる!」とアピールする、34歳のベテランの姿があった。トライアウト後の囲み取材で、村上は「やりきった」感を漂わせながら、このように語っている。

「昨日、チームのスポンサーパーティーがあって欠席させてもらったんですけど、何人かの選手から『がんばれ』というメッセージをもらいました。チームはまだ天皇杯が残っているので、もちろん試合に出て貢献したいです。帰ってからもまた練習はありますし」

 あれから3週間以上が経過したが、新しい移籍先が決まったというニュースは聞かれない。今季はけがもあって出場機会に恵まれなかった村上だが、今日のスターティングイレブンの中に名前を見つけることができた。さまざまな思い出がつまったユアスタのピッチで、仙台の選手としてプレーできるのはこれが最後。試合前、選手紹介で村上の名前がアナウンスされると、ゴール裏からは温かい拍手が沸き起こった。

 おそらくはトライアウト以降、村上はこの日に照準を合わせて粛々とトレーニングを続けていたのだろう。だが、たとえベストの状態であったとしても一抹の不安は拭えない。今季の公式戦での出場数はリーグ戦とナビスコカップで1試合ずつ。しかも前者はわずか2分、後者も65分の出場であった。しかもこの日、左サイドバックに入った村上が相対するのは、柏で今季チーム内得点王(14点)のクリスティアーノだ。果たして、この思い切った采配は吉とでるのだろうか?

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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