長い中断を経て行われた奇妙な準々決勝 天皇杯漫遊記2015 仙台vs.柏

宇都宮徹壱

クリスティアーノが直接FKでハットトリック

クリスティアーノがFKでハットトリックを達成。PK戦を制した柏が準決勝に進出した 【写真は共同】

 試合は13時にキックオフ。先制したのはアウェーの柏だった。前半11分、ペナルティーエリア左角付近で得たFKをクリスティアーノが直接狙い、GK六反勇治が守るゴールをいきなり打ち破る。その後も柏がゲームを支配したが、仙台は25分にドリブルでペナルティーエリアに侵入した奥埜博亮が、相手と味方の動きを冷静に見極めながら後方にラストパス。待ち構えていたウイルソンが、右足ダイレクトで柏ゴールに突き刺して同点とした。対する柏も、29分と37分にクリスティアーノが絶好のポジションからFKを放つが、今度は六反がいずれも的確に反応。前半は1−1で終了する。

 後半に入ると、仙台はワイドに展開しながら積極的に仕掛けるプレーを見せるようになる。しかし後半7分、またしても柏のクリスティアーノにFKを決められてしまう。今度はゴールから30メートル以上離れた距離から、グラウンダー気味に決められてしまった。再び柏にリードを許した仙台は、足の限界を訴えた村上を諦め、二見宏志を投入(後半8分)。さらに後半15分には、1点目をアシストした奥埜に代えてハモン・ロペスをピッチに送り込み、反撃の機会を待った。すると後半25分、柏の秋野央樹が2枚目のイエローカードで退場。その4分後の後半29分、仙台は右サイドを駆け上がった蜂須賀孝治のクロスに二見が高い打点からヘディングシュートを放ち、これが同点ゴールとなる。その後はややこう着した展開が続き、試合は延長戦に突入する。

 延長前半1分、仙台はリャン・ヨンギのCKにウイルソンが頭で決めて、この試合で初めて勝ち越しに成功する。その後も、数的に優位に立つ仙台は攻撃の手を緩めることはなかったが、延長後半11分にまたしてもペナルティーエリア前でのFKを与えてしまう。柏のキッカーは、もちろんクリスティアーノ。さすがに3点目はないだろうと高をくくっていたら、これを見事に決めてFKだけでハットトリックを達成してしまう。現ACミラン監督のシニシャ・ミハイロビッチが、ラツィオ時代の1998年にFKによるハットトリックを達成しているが、まさか天皇杯でそうしたシーンが見られるとは思わなかった。

 かくして3−3という派手なスコアで120分が終了。準決勝のチケットの行方は、PK戦に委ねられることになった。先攻の柏が3人連続で確実に決める中、仙台3人目のリャンのキックは菅野孝憲がかろうじて残した足に阻まれてしまう。その後、柏は4人目と5人目もPKを成功させて5−3で試合終了。1人少ないながらもPK戦に持ち込んだ柏が、12年大会以来となる準決勝進出を果たした。3日後、東京・味の素スタジアムで行われる準決勝で対戦するのは、9年ぶりの天皇杯優勝を目指す浦和レッズである。

決勝までの3試合を想定していた渡邉監督

村上の先発起用について、仙台の渡邉監督は「ローテーションを考えなければならなかった」と説明 【宇都宮徹壱】

「今は、幸せな気持ちでいっぱいです。このチーム(の指導)を来年も継続することがない中、ひとつになることの難しさと大切さを思い知らされながら2〜3カ月彼らと戦ってきました。(中略)次の浦和は強い相手ですが、しっかりと準備をして元日(決勝)の切符をつかみたいと思います」(柏・吉田達磨監督)

「勝てたというより、勝たなければならない試合。これが今年のチームの実力なのかなと。ただ、先を見れば伸びしろはあると思うので、この悔しさをひとりひとり忘れることなく、チームと個々の選手の前進につなげられればと思います」(仙台・渡邉晋監督)

 すでに今季限りの退任が決まっている吉田監督と、来季も引き続き指揮を執ることが決まっている渡邉監督、それぞれの立場の違いが強くにじみ出た試合後のコメントであった。そんな両監督に、私は同じ質問をぶつけてみた。最後の公式戦から1カ月以上が空いた中、どのような考えのもとに今日の試合に照準を合わせてきたのだろうか?

「単にスイッチをオフにするのか、それともコンセントを抜いてしまうのか、非常に難しい判断でしたね。僕らの結論はコンセントを抜いてしまって、一度オフのモードを作ること。その上で、新たなモチベーションでこの試合に臨むようにしました。幸い今日は勝つことができましたが、この判断が正しかったかどうかは分からないです」(吉田監督)

「すでに決められたレギュレーションなので、そこは割りきって10日間のブレークを入れました。そこから選手が再集合して、みんなフレッシュな表情をしていたので『やれる』と思いましたね。本当は今日を含めて3試合、表現するための準備をしてきたんですが、そのチャレンジができなかったのは悔しいです」(渡邉監督)

 ちなみに村上をスタメン起用した理由について、渡邉監督は「3試合やる前提でローテーションを考えなければならなかったため」と説明。そして今日のプレーについては「50数分のプレー時間でしたが、要所を締める守備と効果的な配球で、素晴らしいプレーを見せてくれた」と一定以上の評価をしていた。「これが最後だから」という温情采配ではなく、決勝進出を見据えての起用だったことを知って、私は密かに安堵(あんど)した。本人の想いは聞けなかったが、胸を張ってユアスタのサポーターに別れを告げることができたのではないかと想像する。願わくはフットボーラー・村上和弘に、新たな現役生活の道が拓かれんことを。

 さて天皇杯準々決勝は、柏と浦和の他に、G大阪とサンフレッチェ広島が、それぞれサガン鳥栖とFC東京を下してベスト4進出を決めた。両者は29日にヤンマースタジアムで激突する。今年の天皇杯は、2回戦からラウンド16まで基本的に平日夜に行われたため、盛り上がりも今ひとつという印象であった。しかしこの日の準決勝は、長崎の試合(9933人)を除いて、いずれも1万人超えを達成したのは実に喜ばしい。準決勝と決勝も、大会が大いに盛り上がることを期待しつつ、レポートすることにしたい。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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