羽生結弦の演技の向こう側にある存在 助力となるコーチ、振付師、チームメート

長谷川仁美

ショートは昨シーズンと同じ曲で

今季初戦となったオータムクラシックのSP。羽生は15年3月の世界選手権の前から、新シーズンも同じ曲でやろうと決めていたという 【写真:田村翔/アフロスポーツ】

 ショートプログラム『バラード第1番ト短調』を振り付けたのは、ジェフリー・バトルだ。羽生のプログラムを振り付けるのは4シーズン目。『バラード第1番』は昨シーズンと同じ曲。だが、昨季は数々のアクシデントのために、後半に跳ぶ予定だった4回転を最初に移すなど、当初振り付けたプログラムとは違った形で演じられることが多かった。

 さらに羽生には、ピアノ曲を表現しきれなかったという思いもあり、「世界選手権の前から、今年も(同じ曲で)やろうと決めていました」と、この曲の続行を決意した。

「自分の心から曲を感じながら、その上でジャンプが入っている、曲とか自分の感覚ありきのジャンプ。そういうプログラムにできたらな、と思います」

 2シーズン目のプログラムとなる『バラード第1番』の手直しで、バトルは意図的に、羽生が滑りこなすにはチャレンジが必要なステップなどを追加した。

「(ユヅルへの)新たな課題として、ステップのパターンを変えたり、ジャンプまでの流れを変えたりと、小さな変化をたくさん追加しました。彼には少し難しい課題が必要です。そういう課題によって、今シーズンのプログラムへのやる気が引き出されるし、結果としてユヅルを助けることになるから」

刺激になり、お手本となるチームメートの存在

 羽生が拠点とするカナダ・トロントのクリケット・クラブでは、1度の練習セッションで、複数のコーチがスケート靴を履いて同じ氷の上に乗り、選手たちの練習を見る。このコーチはこの選手だけ、という形ではなく、どのコーチも選手たちにアドバイスする。たとえば、オーサーから指導を受けて重点的にジャンプに取り組んでクリアすると、今度は別のところにいたトレイシー・ウィルソンから、ステップやターンのアドバイスを受けたりする。さまざまな角度・視点から練習の確認を受けるのだ。

 さらに、同じ氷の上にはライバルもいる。現世界チャンピオンのハビエル・フェルナンデス(スペイン)や、カナダチャンピオンで世界選手権5位のナム・グエンの存在も、羽生の日々の刺激になっている。クリケット・クラブに移った2012年の夏、羽生は「自分の調子が悪いときにハビエルのジャンプや動きを見ることで、どん底まで落ちずにまた持ち上がってくることもあります」と言っていた。お互いの存在が刺激になり、お手本となっている。

 リンクの壁には、このクラブ関係者のうちの、五輪チャンピオンと世界チャンピオン、カナダチャンピオンの名前が大きく掲げられている。昨シーズンが終わる前までは、最新の五輪チャンピオンと世界チャンピオンの位置に羽生の名前があったのだが、今年3月の世界選手権が終わると、世界チャンピオンの欄にフェルナンデスの名前が追加された。それを見るたびに羽生は、悔しい気持ちを思い出すという。

ハビエル・フェルナンデス(右)らチームメートの存在が羽生に刺激を与えている 【写真:中西祐介/アフロスポーツ】

 とはいえ、オーサーは言う。

「ユヅルは世界選手権で銀メダリストだったことに満足していません。けれど、ユヅルが優勝したときにはいつもハビは喜んでいますし、ユヅルもハビが(世界選手権で)優勝したことをとても喜んでいます」

 自分の2位には満足していないが、チームメートの優勝は嬉しく思えた。世界の頂点を争うチームメートの存在によって、初めての新しい感情と出会うことにもなった。

 コーチ、振付師、チームメートだけでなく、衣装やブレード周りのことに関わる人たち、トレーナーやマッサージ師、友人、家族、ファン……。1つの演技の向こう側に、驚くほどの数の人々の存在があり、その一人一人が、羽生が思い描く理想のスケーターになるための助力となっている。多くの人たちとの関わりから感じたり学んだりすること一つ一つを吟味し確認しながら、羽生結弦は新シーズンに向かっていく。

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著者プロフィール

静岡市生まれ。大学卒業後、NHKディレクター、編集プロダクションのコピーライターを経て、ライターに。2002年からフィギュアスケートの取材を始める。フィギュアスケート観戦は、伊藤みどりさんのフリーの演技に感激した1992年アルベールビル五輪から。男女シングルだけでなくペアやアイスダンスも国内外選手問わず広く取材。国内の小さな大会観戦もかなり好き。自分でもスケートを、と何度かトライしては挫折を繰り返している。『フィギュアスケートLife』などに寄稿。

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