高い修正力と経験値の差を見せた日本 マスカットで手にした勝ち点3の重み

宇都宮徹壱

シリア代表について

日本は敵地でシリアに勝利し、貴重な勝ち点3を獲得した 【写真は共同】

 ワールドカップ(W杯)アジア2次予選、グループEの趨勢を決する大一番、シリア対日本は、終わってみれば3−0で日本の完勝に終わった。試合前日の会見でヴァイッド・ハリルホジッチ監督は、「日本の真の姿を見せる必要がある」と意気込んでいたが、少なくともそのアウトラインは見せることができたと言えるのではないか。いずれにせよ、この天王山を制したことで、日本はグループの首位に立つこととなり、今後の戦いを優位に進めることとなった。試合を振り返る前に、対戦相手であるシリア代表について、あらためて言及しておきたい。

 シリアといえば、やはり2011年3月から今に続く悲惨な内戦について触れないわけにはいかないだろう。その2カ月前、カタールで開催されたアジアカップで日本はシリアと対戦しているが、アサド大統領の肖像画を誇らしく掲げるシリア人サポーターの姿をよく見かけたものだ。前年末にチュニジアから始まった「アラブの春」は、その後エジプト、リビア、そしてシリアへと飛び火したが、シリアでは収束の糸口がまったく見えないまま内戦が泥沼化。人口の半分が住む家を失い、2割が国外脱出を余儀なくされている。

 試合2日前、長谷部誠に「ちょっとサッカーの話から離れますが」と断りを入れた上で、シリア問題をどう見ているのか尋ねる機会があった。続々と欧州を目指すシリア難民のニュースを、ドイツに暮らす彼がどう捉えているのか知りたかったからだ。「シリア情勢に関してはサッカー選手というより、ひとりの人間として考えるところはあります」とした上で、キャプテンは言葉を慎重に選びながらこう続けた。「ただ、そうした感情をピッチに持ち込む必要はないし、スポーツはスポーツの場で堂々と戦いたい。彼らも祖国に対するモチベーションは強いでしょうから、そこは押されないように気をつけたいと思います」。

 もっともこのシリア代表が、すべての国民の代表であるかというと、そうとも言い切れない。FIFA(国際サッカー連盟)のサイトを見ると分かるが、実はシリアではアサド政権の支配下で国内リーグが行われており、そこでプレーする選手を中心に代表選手が選ばれている。つまり(個々の選手の心情はともかく)彼らは政府公認のナショナルチームであり、当然ながらこれを認めないシリア人も少なくない。中立地やアウェーで行われるシリア代表の試合では、反体制派のシリア人がスタンドで自らの存在をアピールする「事件」もたびたび起こっているという。幸い今回のゲームでは、スタンドのシリア人がひとつになって声援を送っていた。日本の勝利とともに、この試合で密かに安堵(あんど)したことである。

後手に回った前半の日本

首位攻防戦でありながら、中立地開催ということもあり、それほど多くの観客は集まらなかった 【宇都宮徹壱】

 キックオフ1時間前。試合会場のシーブ・スタジアムを包み込んでいたのは、首位決戦にふさわしい熱気ではなく、拍子抜けするほどの静けさであった。メーンスタンドの右側には大勢の日本のサポーターが陣取っていたが、バックスタンドと両ゴール裏はまったくの無人。記者席から見ると、まるで無観客試合のように見える。キックオフ直前になって、シリア人と思しき人々がメインスタンド右側とバックスタンドに三々五々集まり始め、ようやくW杯予選らしい雰囲気になった。

 この日の日本のスターティングイレブンは以下のとおり。GK西川周作。DFは右から酒井高徳、槙野智章、吉田麻也、長友佑都。中盤は守備的な位置に長谷部と山口蛍、右に本田圭佑、左に原口元気、トップ下に香川真司。そしてワントップは岡崎慎司。センターバック(森重真人→槙野)と右サイドバック(酒井宏樹→酒井高)が変わった以外は、アフガニスタン戦と同じ顔ぶれである。心配された蒸し暑さは、それほど感じられない。試合の入り方さえ間違えなければ、序盤から日本に有利な試合展開になると思われた。

 ところが試合が始まってみると、日本は相手の積極的なサッカーに押されて受け身に回ってしまう。「前半、あそこまで来るとは思わなかった」と本田が語るように、シリアの攻撃陣はバランスを度外視して日本陣内に攻め入ってくる。積極果敢な前線からのプレッシングに加え、球際の強さも想像以上だった。日本の選手が吹き飛ばされ、そのままカウンターを仕掛けられて数的不利を作られる。これに気圧(けお)されてか、日本のパスの精度にも狂いが生じ、たびたびパスミスからピンチを招く。

「前半は相手が出てきて、我慢かなというところはあったんですけど。今までは引いた相手ばっかりだったので、戦い方も足元、足元というのが結構多かった。もうちょっと(攻撃の)バリエーションの話をしていっていいかなと」(岡崎)

「前半に関して言えば、自分たちも良くなかったなと思いますね。向こうが圧力をかけてきて、自分たちも前から行きたかったんですけど、なかなかそれがうまくはまらなかったというか、はめる前に蹴られていた」(長谷部)

 選手のコメントを聞く限り、それなりに冷静に考えながら対応していたことがうかがえる。それでも前半35分には原口の右サイドでのパスミスから、そして41分には(日本から見て)左サイドからクロスを入れられ、いずれもシリアに決定的な場面を作られた。幸い相手のフィニッシュの拙さに救われて、前半は0−0で終了する。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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