高い修正力と経験値の差を見せた日本 マスカットで手にした勝ち点3の重み

宇都宮徹壱

流れを変えたハーフタイムでの修正

本田(中央)の先制点を皮切りに3ゴールを奪った日本。経験値の違いをシリアに魅せつけた 【写真は共同】

 前半の日本の苦戦ぶりを見て、まず頭に浮かんだのは選手交代であった。とりわけ精彩を欠いていた山口は、後半はベンチに下げられるのではないかと予想した。しかしハリルホジッチ監督が選んだのは、同じメンバーのままでやり方を変えるというもの。具体的な修正の指示は「お互いがコンパクトな距離感を保ってプレーする」というものだった。

「山口、長谷部と(香川)真司。さらに本田と原口。彼らが広がった状態になって、足元でもらう動きが多かった。岡崎と真司、本田、原口には、お互いもう少し近くでプレーするように。人が動いて、もっとボールが動くことを要求した」(ハリルホジッチ監督)

 本田によれば、選手の距離感に関しては「選手も感じていたこと」だったそうだ(ただし「自分たちで変えられるようにしなければ」とも付け加えている)。いずれにせよ、互いの距離感が近くなったところで前線に流動性が生まれ、縦への意識がより鮮明になり始めたところで、日本は最初のビッグチャンスを手にする。後半9分、長谷部からの縦方向のロングパスに岡崎が反応。ペナルティーエリアまで持ち込んだところで、相手DFのファウルを受け、少し間を置いて主審はPKの判定。キッカーの本田は、これをゴール左隅に冷静に決めて、日本は待望の先制点を挙げる。それは同時に、325分守り続けたシリアの無失点記録が途切れた瞬間でもあった。

 このゴールで勢いを得た日本は、さらに積極的に追加点を狙っていく。前半の過剰なまでのアグレッシブなプレーで、相手が息切れすることも織り込み済みだった。後半25分、左サイドでボールを拾った香川が、ドリブルで相手DFをかわして確信のこもったラストパスを送る。これをニアに走り込んだ岡崎が右足ダイレクトでネットを揺らして追加点。さらに後半43分には、カウンターから抜け出した本田がドリブルで持ち込み、相手DFを十分に引きつけたところで絶妙なヒールパス。これに途中出場の宇佐美貴史が、ゴール右隅にきれいに流し込んで決定的な3点目を決める。

 3点目を決めた宇佐美(後半21分に原口と交代)をはじめ、後半34分の清武弘嗣(香川と交代)、40分の武藤嘉紀(岡崎と交代)と、1点リードしてからいずれも攻撃的な選手を相次いで投入したのは興味深い。ハリルホジッチ監督も「われわれが求めるスピードを、彼らはもたらしてくれた」と途中出場の3人を絶賛していた。こうした積極的なカードの切り方が可能になったのも、自分が選んだスターティングイレブンを45分で撤回することなく、ハーフタイムの指示で修正できたからにほかならない。確かに反省材料の多い前半ではあったが、終わってみれば日本の完勝と言ってもよいゲームであった。

W杯2次予選の前半を終えて

敗れはしたものの、シリアが見せたアグレッシブな姿勢は、将来性を感じさせるものだった 【宇都宮徹壱】

 試合後、監督会見を終えてミックスゾーンの会場に向かう。シーブ・スタジアムはそれほど大きな施設ではないので、会見場のあるメーンスタンド側からミックスゾーンが行われるバックスタンド側まで、ピッチをそのまま横切ることになる。初めて踏みしめるシーブ・スタジアムのピッチは、想像していた以上にデコボコしていて、しかも芝が深かった。日本やヨーロッパのピッチと比べると、かなり異質なものに感じられる。これではパスミスも頻発するだろうし、走行距離が長い選手はかなり消耗したはずだ。これほど不利な環境だったにもかかわらず、後半に劇的な立ち直りを見せたことについては、もっと評価されてよいだろう。

 この勝利によって、勝ち点を10に積み上げた日本は、初めてグループEの首位に浮上。以下、2位シリア(勝ち点9)、3位シンガポール(同7)、アフガニスタン(同3)、カンボジア(同0)となった。5チームすべてが4試合を終え、2次予選の前半戦で日本が首位に立てたことは、まことに喜ばしいことだ。もちろん、だからといって気を抜いてよいわけではない。それでも、残り4試合で中東でのゲームがないこと、11月のアウェー2連戦(12日のシンガポール戦と17日のカンボジア戦)を似たような環境下で戦えること、そして来年3月の2連戦(24日のアフガニスタン戦と29日のシリア戦)がホームゲームであることを考えると、かなり日本に有利な状況であると言ってよいだろう。あらためて、マスカットで手にした勝ち点3の重みを実感する。

 最後に、この日の対戦相手であるシリアについて再び言及しておきたい。「日本とシリアを比べた場合、すべてにおいて日本が上だった。うちの選手も頑張ったが、ディフェンスラインのミスが失点につながった」とは試合後の会見でのイブラヒム監督のコメント。確かに前半のシリアのアグレッシブな姿勢は脅威であったが、その一方で90分を考えたペース配分を考慮せず、さらに決定的な場面で軽率なミスをするなど(PKを与えた場面はまさに典型である)、明らかな経験不足を露呈することとなった。経験値という点においては、欧州でプレーする選手が多数派を占める今の日本代表とは比べるべくもない。

 現在、FIFAランキング123位(15年10月1日付)のシリアは、中東勢の序列では、イランやイラクやUAEやカタールといったグループの下に位置している。祖国の現状を考えれば、シリアが今すぐにアジアの強豪に躍り出るという予想は、決して現実的ではないだろう。とはいえ、この試合の前半で見せた彼らのアグレッシブな姿勢は、非常に将来性を感じさせるものであった。そしてもうひとつ気になるのが、欧州(とりわけドイツ)に渡った難民の子どもたちのその後である。ドイツでサッカー教育を受けた難民・移民の子孫たちが、心の祖国の代表選手となり、W杯での大躍進の原動力となった事例というものを、われわれはトルコやボスニア・ヘルツェゴビナですでに見ている。そうして考えると、10年から15年ののちには、シリアが日本にとって今以上に危険な存在となっている可能性も十分に考えられる話だと思う。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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