V8王者・山中に立ちはだかる最強挑戦者〜“幽霊”アンセルモ・モレノ〜
幽霊と言われるディフェンス技術
9月22日に山中の持つWBC世界バンタム級王座に挑戦する最強挑戦者のアンセルモ・モレノ 【写真は共同】
対照的に一撃必倒の左でWBC王座を8度防衛してきた山中慎介(帝拳)が「正直、空回りさせられるのではないかという不安はある」と語ったのは発表会見のとき。浜田剛史・帝拳ジム代表は「派手さはないのだが、相手をヘタに見せるうまさがある」と表現した。とにかく、やりづらい。それがモレノだ。眼の良さ、しなやかな上体をフル稼働し、かわして、いなして、相手の攻撃を空転させる。打ち終わりを抜け目なく狙うカウンター、まごつく相手を嘲笑うかのような一刺し。攻めのベースにあるのも、またディフェンスだ。
あのマイク・タイソンがプロモートする同じサウスポーのファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)に6回負傷判定で敗れ、ベルトを奪われたが、ラフなアタックに苦しみながらも少しずつペースを掴み始めた矢先の不運だった。当然、再戦を要求するが、パヤノ陣営には受け入れられない。失ってしまったものの大きさをモレノはきっと痛いほど感じてきた。なにしろ無冠で過ごした1年間は、そのままパナマの世界王者不在期間と重なるのだ。
「私は手ぶらでパナマに帰るわけにはいかない。トーキョーに来たのはベルトを持ち帰るため。判定だろうとKOだろうと構わない。このチャンスを絶対に逃したくはない」
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貧困から抜け出すためのボクシング
プロでモレノのボクシングを完成させたのはセルソ・チャベストレーナー。現役時代は1984年3月に来日し、渡辺二郎に挑戦したが、ついにベルトには手が届かなかった。モレノとはまったくタイプが異なるが、現在は前WBA世界フェザー級スーパー王者ニコラス・ウォータース(ジャマイカ)のトレーナーとして知られる。ちなみに現在のマネージャーを務めるロウス・ラグナ・デ・モレノ夫人の父、つまりモレノの義父はパナマ史上2人目の世界王者イスマエル・ラグナ。70年6月、WBA・WBC世界ライト級王者として、まだ鈴木石松と名乗っていたガッツ石松を首都パナマシティに迎え、世界初挑戦の若武者を13回TKOで退けている。
実績を評価されてスーパー王者に
11年12月にはアメリカに進出。この4カ月後、東京で山中に挑むサウスポーの強打者ビック・ダルチニャン(オーストラリア)を判定で退け、3階級制覇を阻むと12年11月、アメリカ3戦目で迎えたのが、のちの3階級制覇王者アブネル・マレス(メキシコ)との一戦だった。バンタム級時代からライバルの一人と目されたマレスに挑むWBCスーパーバンタム級タイトルマッチはモレノにとって、さらに高い評価を獲得する分岐点でもあったのだが、体力に勝るマレスの圧力に屈した。5回終了間際に喫したスリップ気味のダウンはキャリア初。敗戦は4回戦時代以来、実に10年ぶりだった。
“攻”の山中、“守”のモレノ
対戦者をくるくると空回りさせてきた“守”のモレノが「挑戦者とはいつも貪欲にベルトを獲りにいかなくてはならない。クレバーに立ちまわり、ベルトを獲りたい」と状況に応じた柔軟な試合運びを誓えば、対戦者をバッタバッタと斬って落としてきた“攻”の山中は「今回はまずは勝ちにこだわり、結果的にKOできればいい。意識はしないようにしてます」と、とことん冷静な試合運びを念頭に置く。モレノ、30歳。山中、32歳。バンタム級の頂上決戦は勝敗が両者を天と地ほどに隔てるシビアな戦いとなる。
「海外の関係者の話を総合すれば、『モレノはヤマナカでも倒せない』という意見がほとんど」(浜田代表)
そんなKO負けが一度もない難攻不落の“幽霊”に対し、素直に不安を表明していた山中は「モレノの印象? 今までも話してきたけど、当てにくい、強いというより難敵という言い方が正しいのでしょうか。ただ、当てにくいことはわかっているし、当てるための対策を何パターンも練習してきて、自分が何をしなければいけないのかもわかっているので何の不安もない。試合を見といてください」と言いきった。勝つだけでも高い評価に値するが、倒せば最大級の賛辞をもって称えられる。注目のゴングは22日、東京・大田区総合体育館で鳴らされる。
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