知性と素質を備えた19歳の新王者 独自の“マラソン理論”で頂点に立つ

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勤勉で真面目なゲブレスラシエ

人口わずか560万人の小国・エリトリア出身のゲブレスラシエが、19歳という若さで頂点に立った 【写真:ロイター/アフロ】

 陸上の世界選手権(中国・北京)は驚きの幕開けとなった。大会最初の種目となる男子マラソン決勝において、人口わずか560万人というアフリカ北東部の小国・エリトリアの19歳、ギルメイ・ゲブレスラシエが優勝。ケニア、エチオピアの強豪勢を抑えての快挙となった。

 170センチ、54キロの新星は、36キロ付近で先頭に立つと、イエマネ・ツェゲイ(エチオピア)との一騎打ちを制し、エリトリアに初の金メダルをもたらした。レース直後、インタビューに応じたゲブレスラシエは「今回が3度目のマラソンですが、これまでレースはできるだけ控えてきました。今回の世界選手権で勝つために、エネルギーをためて、体を万全にしておきたかったんです。(優勝という結果は)まさに私が期待していた通りになりました」とプランどおりの栄冠を冷静に振り返った。

 マラソン練習を始めたのは14歳の時。標高約2300メートルの高地にある同国の首都・アスマラを拠点に研さんを積んだ。エリトリア陸上競技連盟会長のルール氏が「勤勉で真面目。脚が強いだけでなく、頭も賢い。計算してレースができるし、トレーニングも自分で組み立てられる」と舌を巻く逸材。すでに独自の“マラソン理論”も持っている。

「10キロ、ハーフマラソンなどであれば、コンディションを良い状態に保つことができますし、レースも1年で何本もこなせます。でもマラソンではクレバーでなければいけません。年間の練習計画を立て、レースに向けて調整していく。そのためにはフィジカルはもちろん、メンタル面でも賢くあることが大切です」

リオ五輪へ「新たな歴史を作りたい」

すでに自分自身で調整する方法を身につけ、本番にピークを合わせてきた。次は、来年のリオ五輪での金メダルを狙う 【写真:ロイター/アフロ】

 日本人には耳慣れないエリトリアという国で、ゲブレスラシエはどのように強さを身につけたのか。昨秋から同国のスポーツ支援を行い、選手団の一員としてチームに帯同する宮澤保夫氏によれば、同国の選手強化はピラミッド型になっているという。しかし、能力ある選手を早くから集めて、精鋭だけを集中的に鍛え上げる“エリート養成”とは異なる。宮澤氏いわく、根底にあるのは、日本と同様に「スポーツを通じて健康増進を図り、その中で才能を伸ばしていくという考え方」だ。教育の一環としてスポーツを始め、力をつけると1つずつステップアップし、その上位にいるのがゲブレスラシエのようなエリート選手になっていく。

 もともと同国は教育に力を入れており、宮澤氏も「教育水準はアフリカの中ではかなり高い」と見ているが、その中でもゲブレスラシエの考える力はずば抜けているという。「高地を使ったり下に降りたり、自分のトレーニングメニューをつくっている。彼はもうそういうスタイルができているんですよね」と感服する。

 もちろん、ランナーとしての能力も高い。過去2回のマラソンは、昨年10月にシカゴで2時間9分8秒の6位、今年4月のハンブルクで2時間7分47秒の2位に入っている。さらに、6月には練習の一環で高地でのフルマラソンに臨み、2時間11分26秒で完走したというから驚きだ。

「そういった高地トレーニングを行って、自分の体をテストしているんです」と語るゲブレスラシエ。淡々とした口調ながらも、マラソンに懸けるただならぬ情熱を感じさせる。速いだけ、賢いだけでは強くはなれない。ランナーとしての素質と、それを生かせる知性の両方を持ち合わせているからこそ成し得たことなのだ。

 歓喜のゴールを迎えた直後だというのに、ゲブレスラシエは引き締まった表情を崩さない。「優勝してもリラックスした気持ちにはなりません。とにかくベストを尽くして、次のメダルをエリトリアに、そして自分自身にもたらしたい」とあくなき向上心を見せる。
 来年のリオデジャネイロ五輪へ「新たな歴史を作りたい」と意気込む未来の金メダル候補が、ここに誕生した。

(取材・文:小野寺彩乃/スポーツナビ)
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