田中正義に備わる高い修正力と完成度 真価は108キロのカーブにあり

週刊ベースボールONLINE

バッターとの“間”を制した4イニング

“怪物”ピッチャー・田中正義。将来が楽しみなピッチャーがまた誕生した 【写真は共同】

 最速155キロのストレートを投げる、大学球界でも随一のピッチャーだということは知っていた。テレビでピッチングを見たこともある。だが、ここまでのピッチャーだったとは、正直驚いた。初めて生で見る彼のピッチングには、画面では分からない“すごみ”があった。

 6月29日、明治神宮野球場で行われたNPB選抜との壮行試合で、大学日本代表の2番手として登板した田中正義(創価大3年)。4回を投げて無安打無失点。7連続を含む8奪三振という快投を見せ、2万人以上の観客を魅了した。

 正直、他のピッチャーとの次元の違いを感じてしまうほど、彼が投げた4イニングは、他のイニングとはまるで違う空気感が流れていた。よく野球はピッチャーとバッターとの“間”の勝負だと言われるが、田中はマウンドからホームベースまでの18.44メートル間に流れる空気を制し、完全に“間”を自分のものとしていた。

「変化球を真ん中に投げてストライクを取る」

 彼が披露した奪三振ショーの中で、最も印象に残ったのは、最後の8個目。NPBの5番・武田健吾(オリックス)から奪った見逃し三振である。2ストライクと追い込んでから、決め球に投げたのは108キロのカーブ。それまでの150キロ前後のストレートとはおよそ40キロほども差のある緩い球に、武田は完全に意表を突かれた形でまったく手が出なかった。

 その三振を見た瞬間、昨年のインタビューで田中がこう語っていたことを思い出した。
「バッターは当然、真っすぐが来ると思っているので、変化球を真ん中に投げても手が出せないんです。それこそ100キロ台のカーブなんて、まず振ってきません。だから、簡単にストライクを取ることができるんです」

 とはいえ、「言うはやすし、行うは難し」である。大学3年生にして、NPBの打者相手に実践できるのだから、あっぱれと言うべきだろう。武田から奪った三振にこそ、田中というピッチャーの能力の高さが表れていたように思う。

トレーナーが語った修正力の高さ

 田中が大学1年の時から彼の体をケアしている創価大野球部の専属トレーナー・岩田雄樹は、今回のピッチングについて「想定内だけど予想以上のピッチング」と表現した。

 壮行試合の2日前、田中は登板に備えて岩田の元を訪れ、2時間みっちりとケアを行っている。その時、岩田は田中にこうアドバイスしたという。

「いつも通り、普通にピッチングすればいいからな」

 だが、岩田は環境を考えれば、やはり力んでも仕方ないと考えていた。

「彼の実力からすれば、あの結果は想定内でした。ただ、彼は緊張すると力んでしまう。あの時は2万人以上の観客の中、相手はNPB。しかもスカウトがズラリといて注目しているわけですからね。昨年までの彼だったら、力んでいましたよ。だから僕は今回も実力を発揮できず、プロの洗礼を受けるかもしれないと思っていたんです。ところが、あの結果ですからね。精神的にも成長したなぁと思いましたよ」

 実は、田中はリリーフした3回、先頭打者の4番・山川穂高(埼玉西武)にストライクが入らず、3球続けてボールが続いた。初回に本塁打を放っている山川に対し、力んでいたのかもしれない。しかし、そこからファウルでフルカウントに持ち込み、結局は山川をレフトフライに打ち取った。奪三振ショーは、その後から始まったのである。これについて、岩田はこう分析する。

「試合中に修正できるようになったことが、関係していると思います。ケア中、彼とはいろいろと話をするのですが、今シーズンになってから自分のピッチングをよく知っているなと感じることが多々あるんです。例えば、肘が張っていると、『この間の試合、こういう場面で力んでしまって、テイクバックの時に肘のしなる位置が後ろになっていたんです』などと言うんです。試合中、どういうピッチングをしているかが分かっているからこそ修正できる。壮行試合の時も、『いつも通りに』という僕の言葉を思い出してくれたかは分かりませんが、ボールが3つ続いた時に、冷静になって自分で修正できたんでしょうね」

周囲の騒がしさに動じない、精神的強さ

 さて、今春の東京新大学リーグで155キロをマークした田中には、常にスピードガンの数字がつきまとう。しかし、当の本人は、まるで関心がない。

「球速のことは気にしていません。何キロ出ようが意味はありませんから。大事なのはバッターがどう感じるかなんです。力を抜いて投げた140キロ台のキレのある球の方が、よっぽどバッターは打てないんです」

 どれだけ騒がれても、周囲に流されない精神的強さもまた、彼の能力の高さを示している。

 これまで“怪物”と呼ばれたピッチャーはたくさんいるが、田中もその1人であることは間違いない。彼のピッチングには完成度の高さがうかがえる。だが、それでいて伸びしろも感じるのだ。この先、彼はいったいどんなピッチャーになるのか……。彼のピッチングを見ていると、そんな恐怖心にも似た期待感が湧いてくる。 

(文=斎藤寿子)
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