やり投陣、勝負の鍵は“人”の字フォーム=指導者に聞く、やり投マニアック観戦術

曽輪泰隆

世界陸上の男子やり投予選に村上が出場。メダル獲得を近づける投てきとは? 【写真は共同】

 陸上の世界選手権(モスクワ、10日〜18日)の第6日は15日、男子やり投の予選が行われる。日本からは第一人者の村上幸史(スズキ浜松AC)がエントリーしており、2009年ベルリン大会以来のメダル獲得に注目が集まる。また16日には女子やり投に日本記録保持者の海老原有希(スズキ浜松AC)が出場。入賞を目指して3大会連続となる大舞台に臨む。

 もちろん、いつも通りに観戦してもらっていいのだが、解説者や名キャスターが触れない、少し違った角度から競技を見るのも一興。ただ「飛んだな〜」「すごいな〜」だけではなく、「選手のすごい部分」「選手の特徴や違い」「競技の特性」などが少し分かるようになると、真夜中の“世陸観戦”も、さらに面白くなること請け合いだ。

 そこで、花園高(京都)陸上競技部監督・石井田茂夫氏(日本陸連強化育成部投てき主任)に、今回の世界選手権でも上位入賞が期待できる男女のやり投の見どころについて話を伺った。

(1)やりの軌跡は飛行機をイメージ

 数ある投てき種目の中でやり投の見どころとなるのは、「遠くへ飛べば飛ぶほど、飛行機のように空中で平行移動する場面があること。単なる放物線ではなく、そのきれいな軌跡が他の投てき種目にはない魅力です」。
 その軌跡を生むもととなるやりの素材は、「飛行機の素材でもある超ジュラルミン製と一部にカーボンを使用した2種類。重さ&長さは、男子800グラム、2.6〜2.7メートル、女子600グラム、2.2〜2.3メートルとなっています。野球で使う硬球の重さが約141〜8グラムなので、男子だと5〜6個、女子の場合は約4個分の重さになります。同じ素材でも硬さにランクがあり、その種類やメーカーによってデザインも違うので、どの選手がどういうデザインのやりを使っているかに注目して見るのも面白いと思います。強い選手ほど硬い素材を好み、スウェーデン製やハンガリー製のものが主流となります」

 飛行機が滑走路から飛び立つように、やり投のやりも一気に急上昇するのではなく、徐々に大空へと羽ばたいていく。その材質も飛行機などと同じ超ジュラルミン製とくれば、飛行機をイメージせずにはいられない。カーボンの場合は、ゴルフクラブのシャフトや釣り竿などをイメージしてもらうと分かりやすいだろう。

(2)良いフォームは“人”、悪い時は“入”

「他の投てき種目(砲丸投、円盤投、ハンマー投)は、サークルと呼ばれる直径2.135メートル(=砲丸投)もしくは2.5メートル(=ハンマー投、円盤投)からグライドやターンなどの技術を用いて投げ出されますが、やり投には30メートル以上の距離を助走して投げる醍醐味があります。遠くへ投げるためには、助走の速さだけでなく、フォームやリズムなどいろいろな要素が加わってきます」

 速く走るだけならば、短距離選手の方がきっと速い。しかし、それを投げにつなげる技術がやり投選手の真骨頂となる。
「そのポイントとなるのが、投げる瞬間のフォーム(“Cカーブ”と言われる投げ出す直前の前足を踏み込んだ場面)。スローなどで見てもらうと分かると思いますが、遠くへ飛んだ良い投げの場合は、漢字の“人”の字のようなフォームになっており、そこから前足を軸にしたフィニッシュになります。ダメな時は上体が突っ込んだような“入”の字のようなフォームになっている場合が多い。ただ投げるパワーが強い外国人選手の場合は突っ込んでいても、それがやりの軌道を低く抑えることになり、結果として好記録につながる場合もあります。競技は違いますが、甲子園(高校野球)も真っ盛りなこの時期。速い球を投げる投手でも、それぞれ個性があり、フォームも違って見えます。でも、押さえるべき基礎、ポイントがしっかりできている投手はプロに進んでも大成する。やり投の場合でも、投げる瞬間“人”の字になっているかどうか、Cカーブを描けているかどうかが、結果を残す一番のポイントとなります」

(3)結果を左右する風向き 日本人選手にチャンスも

 やり投は助走がある分、不安定な要素も多く、スピード値も高いため、少しのタイミングのズレが命取りとなる。「それだけ当たり外れといいますか、打者でいう打率も低いのがやり投。160キロを超える速球を投げられる名投手でも、毎回毎回、そのスピードを出せるわけではないでしょう。助走があるだけ、やり投はさらに難しい。限られた回数の中で、しっかり記録を残すことは難しく、投てき種目の中でもチャンピオンや上位者の入れ替わりがもっとも激しい種目です。それだけ、一発や大逆転もあれば、思わぬ敗戦もありうるのがやり投の難しさであり、昔から“やりは水もの”と言われる所以(ゆえん)でもあります。80メートルをコンスタントに投げる男子選手でも、失敗すれば75メートル前後の投げになりますが、一発かかれば85メートル以上の距離も出る。だからこそ決勝ならば、1投目にしっかり上位8人に入る記録を残し、残りの5投の中でどれだけ技術的に優れた、まとまった投げができるかで勝負は決まります」

 技術的な難しさもさることながら、風など競技場のコンディションに記録が左右されるのもやり投の特徴のひとつ。
「今回のモスクワのようにドーム型の大きな競技場では、上空の風向きが安定せず舞う傾向があります。そうすると天井に向かって投げ出すイメージを持っている選手の記録はあまり伸びません。また、やりは向かい風で揚力をもらいやすい形状になっていますが、落下しやすい(地面に刺さりやすい)ように少し重心が前に乗る規格に変更されてからは、風向き的には“追い風が好き”“追い風の方が記録が出る”という選手が増えています。大会当日も、やり投の助走路の脇に設置してある吹き流しやスタンドの各国の国旗などのなびき方などで、どういう風向きになっているかを選手の気持ちになってチェックしてみてください。理想的な投げが安定してきている村上選手や海老原選手が投げる際に、上空の風が舞っていたり、追い風になっていれば、技術が安定してるだけ、外国人選手より優位に試合が運べ、好記録も期待できるでしょう」

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著者プロフィール

1967年奈良県生まれ。早稲田大学教育学部卒。大学時代は早稲田大学陸上競技同好会に所属。卒業後は、アメリカ留学(陸上競技、コーチング)を経て奈良新聞社に入社。その後フリーに転身。『陸上競技マガジン』(ベースボール・マガジン社)などでライターとして活動している。

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