瀬戸大也、苦しみ乗り越えてつかんだ栄冠=“特別なスイマーではない”19歳が快挙

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五輪出場を逃し失意の底へ

男子400メートル個人メドレーで金メダルを獲得し、声援に応える瀬戸 【Getty Images】

「いままで泳いできた400メートルで一番短い4分間だった。本当にいろいろな方に支えられてきた。応援やこれまで味わった悔しさを力に変えることができたから、この結果を勝ち取れた。最高のレースができたので、100点満点だと思う」

 レース後、瀬戸大也(JSS毛呂山)は万感の思いを込めてそう語った。8月4日に行われた世界選手権・男子400メートル個人メドレー決勝。瀬戸は4分08秒69のタイムで優勝し、金メダルを獲得した。前半の200メートルは2分00秒10の2位でターンしたものの、平泳ぎで逆転。「200メートル(個人メドレー)の時点ではしっかり泳げていなかったけど、予選前のアップから平泳ぎの調子が変わってきた。なんとか間に合った」。その後、1度は萩野公介(東洋大)に逆転されたが、最後の50メートルで差し切った。

 苦しみを乗り越えてつかんだ栄冠だった。「夢の舞台だった」という昨年のロンドン五輪は、4月の選考会で200メートル、400メートルともに派遣標準記録を切りながら3位に終わり、出場できなかった。7月までは何もやる気が起きず、練習にも身が入らなかった。学校に行ってもぼーっとしているばかり。「俺はいったい何をしているんだろう」。抜けがら状態になった自分に心底嫌気がさした。

 転機となったのは“ライバル”の活躍だった。ロンドン五輪の400メートル個人メドレーで萩野が、マイケル・フェルプス(米国)を破り、銅メダルを獲得。同じ1994年生まれである萩野の快挙達成に、「自分ももっと頑張らなくちゃいけない」と意欲を取り戻した。

 瀬戸を指導する梅原孝之コーチも、その変化を感じ取っていた。
「これまでは練習に身が入らないこともあった。だけど萩野君がメダルを獲得したことで『自分もいけるんじゃないか』と感じたんだと思う。そこからは練習にも集中するようになった」

萩野というライバルの存在

 瀬戸を語る上で、萩野の存在は欠かせない。小学生のときに出会った2人は、いつしかお互いを認め合うライバルとなった。最初に抜きん出ていたのは萩野だった。瀬戸は初めて萩野の泳ぎを見たときに衝撃を受けたという。「ダントツで速くてすごいなと。雲の上の存在だった。何ひとつ勝てなかった。スタートしてすぐに体半分くらい差をつけられて、泳ぐごとにどんどん離されていく感じだった」。初めて勝ったのは中学2年のときのジュニア五輪。当時全盛を誇っていた高速水着をつけてレースに臨んだところ、自己ベストを10秒以上も更新し、萩野に勝利した。その1週間後の全国大会でも勝ち、萩野に自分の存在を意識させることができた。

 ライバル同士とはいえ、瀬戸と萩野は非常に仲が良い。瀬戸は萩野についてこう語る。「本当にストイックで、すごく真面目。頭も良いし、賢い。自分とは真逆(笑)。ただ、真逆だからこそ合うのかなと思う。お互いの良いところ、悪いところも見えてくるし、一緒にいて気も遣わないから楽しい」

 2人が生まれた94年は、萩野を筆頭に、200メートル平泳ぎの世界記録を持つ山口観弘(東洋大)ら有望株がそろい、競泳界の“ゴールデンエージ”と呼ばれる。しかし、2人と比べて瀬戸は結果で劣っていた。とりわけ萩野とは専門種目が同じで、どうしても比較されてしまう。普通ならそういう状態を嫌がる選手は多いが、瀬戸は意に介していない。

「他の人の立場から見れば面白いんだろうなと思っている。同じ個人メドレーながら得意種目も違うし、勝ったり負けたりしている。だから、そういう意味で全然比べられるのは嫌じゃない。自分は自分のできることをやるだけだし、公介は公介のできることをやっていると思う」

 梅原コーチに言わせれば、こういう部分は瀬戸の長所だという。何においてもポジティブに物事を考えられることは、アスリートにとって大きなプラスだろう。

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