公式記録に載らない「歴史的な一夜」=日本代表 2−1 Jリーグ選抜

宇都宮徹壱

紆余曲折を経て実現したチャリティーマッチ

今回のチャリティーマッチは、サッカー界の力が集結して行われたと言えよう 【Getty Images】

 キックオフまで、あと1時間20分となった18時ちょうど。長居スタジアムの照明に光がともった。すでに空は夕暮れ色に染まり、スタジアム全体が光のオーラをまとったように感じられる。ナイトゲームの照明が、これほどまばゆく感じられるなんて、何という新鮮な感覚であろうか。その昔、東京の街の灯がもっと暗かった時代、後楽園球場の照明の光を子供心にわくわくしながら仰ぎ見たものだ――年長の友人から聞かされた思い出話である。そんな昭和の時代の記憶が、この時代に追体験できることの不思議さ。今さらながらに3月11日の以前と以後で、この国は激変してしまったことを痛感する。

 この試合が終わったら、ここ長居で4月5日の19時からACL(AFCチャンピオンズリーグ)の試合が予定されている。しかし、東京在住の私が次にナイトゲームを取材できるのは、果たしていつになるのだろう。Jリーグは当面の間、東北、東京両電力管内でのゲームを日中に行うことを明言している。となると、6月の代表戦になるのだろうか。いや、こちらも開催地が新潟と横浜なので、今後どうなるかは分からない。であればこそ、海外組12名が勢ぞろいした日本代表と、「キングカズ」こと三浦知良を擁するJリーグ選抜による夢の競演を心から楽しみ、そしてこの目に焼き付けておこう。と同時に、このチャリティーマッチが紆余(うよ)曲折を経ながらも、このような形で実現することについても心から感謝したい。

 もう忘れられているかもしれないが、本来であれば日本代表は、25日に静岡・エコパスタジアムでモンテネグロ代表と、そして29日には東京・国立競技場でニュージーランド代表と、それぞれ親善試合を行うことになっていた。ところが今回の震災を受けて、日本サッカー協会はまずモンテネグロ戦の中止を決定。その上で、同じ震災の被害国であるニュージーランドとのチャリティーマッチを、大阪・長居に場所を移して開催することを模索していた。しかし、ただでさえ余震が続いていることに加え、原発危機が一向に収まる気配もなかったことから、ニュージーランドは最終的にこの提案を断っている。結果として「長居でチャリティーマッチを」というアイデアは、そのまま対戦相手をJリーグ選抜(Jリーグ TEAM AS ONE)に替えることで実現される運びとなった。

 代表の貴重なAマッチが吹き飛んでしまったのは、確かに残念なことではある。しかしながら、Jリーグ側が迅速かつ柔軟に対応したことで、選抜チームの面々は素晴らしい陣容となった。あくまでも結果論ではあるが、ニュージーランドの選手たちよりも、はるかにネームバリューがあるJリーグ選抜の方が、よりチャリティーマッチの相手としてふさわしかったように思える。この日の観客数は4万613人。もちろん満員御礼である。

今回の華試合の注目点は2つ

「明日は面白いゲームを見せられればと思うし、面白いゲームになると思う」(日本代表、ザッケローニ監督)
「明日の試合は『いいサッカー』『面白いサッカー』をしたいと思う」(Jリーグ選抜 ストイコビッチ監督)

 前日会見では、さながらしめし合せたかのように両監督は「面白いゲーム」「面白いサッカー」をしたいと語っていた。チャリティーマッチという試合の主旨を考えれば、確かに真っ当な考え方であると言えよう。やはり華試合なのだから、各々がプロフェッショナルの技量を発揮しながら、より多くの見せ場やゴールシーンを演出できればいいと思う。しかし一方で、Aマッチにはカウントされないものの「代表戦」という視点で見れば、いろいろと見どころの多い試合になりそうな要素はそろっている。

 まず注目したいのが、Jリーグ選抜の顔ぶれである。20名のうち、去年のワールドカップ(W杯)の日本代表メンバーに名を連ねた選手が8名。これに、メンバー発表直前まで待望論が強かった小笠原満男や小野伸二までもが名を連ねている。そもそも田中マルクス闘莉王にしても、中村憲剛にしても、あるいは駒野友一にしても「たまたまアジアカップに呼ばれなかっただけ」という印象が強く、むしろ「元日本代表」という表現は違和感を覚えてしまう。そうして考えると今回のJリーグ選抜は、実質的に「ザッケローニ体制以前」あるいは「アジアカップ以前」の「日本代表」という意味合いが強いと言えよう。とりわけ、GK楢崎正剛、そして中澤佑二と闘莉王による守備のセンターラインは、相当に強固だ。この高く分厚い壁を、現日本代表がどのように突破するのか、要注目である。

 もうひとつ注目点を挙げるならば、日本代表の「3−4−3バージョン」のお披露目である。昨年末のアジアカップ直前合宿、そして今回の合宿でも、ザッケローニは3−4−3のフォーメーションを練習メニューに取り入れている。指揮官いわく「あくまでもオプション」ということだが、ウディネーゼやACミランを率いていたころに好んで用いていたシステムである。海外組も含めてまとまった練習時間が確保できたこと、そして勝ち負けを度外視できるチャリティーマッチであること。これらを勘案すれば、ザッケローニが3−4−3を試す可能性は十分に考えられよう。それがいつ、どのタイミングで試されるのか――。結局のところ、ザッケローニは試合開始から、この新布陣で選手を送り出した。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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