“まだまだ”の高橋、五輪で勝つために必要なもの=スケートカナダ・男子シングル総括

青嶋ひろの

佐藤コーチとの新コンビで優勝したアボット、高橋は2位

フリー首位、総合2位でGPファイナル進出を決めた高橋だが、来る五輪へさらなるアピールが求められる 【写真は共同】

 男子シングルは優勝のジェレミー・アボット(米国)と2位の高橋大輔(関西大学大学院)がそれぞれ現在発揮できる力で、ショートとフリーを滑りきり、二人ともにファイナル進出を決めた。特にアボットは昨シーズン一度も成功をみなかった4回転トゥループを完ぺきに決め、NHK杯では見せられなかった「交響曲第3番(サン=サーンス)」の真骨頂を披露する素晴らしい優勝だった。日本のファンが特に注目しているのは、元世界女王でもある新コーチ佐藤有香とのコンビネーションだろうか。これまでショースケーターとして名声を得つつも、トップ選手を正式に指導したことがなかった佐藤コーチをアボットが選んだのは、同じショーに参加した時に聞いた彼女のスケート哲学に共感したからという。氷上練習だけでなく陸上トレーニングなどにも常に彼女の同行を求めるほど信頼を寄せており、今大会も6分練習前のリンクサイド、各選手が緊張した面持ちでいるなか、アボット一人が佐藤コーチと談笑してリラックスしている姿が印象的だった。

 一方、フリー1位の高橋は「フリーでアボットに勝てたと思わなかった」と本人も認めるように、冒頭の4回転がパンクして3回転に、後半は3回転ループでぐらつき、サルコウで軽くステップアウトと、少しミスが目立つ内容。道化師になりきる演技部分では観客ばかりでなくジャッジまで笑顔にしてしまうチャーミングさがあり、後半のステップで魅了した後は、スタンディングオベーションも得た。五輪プログラム「道」は、この段階でも十分評価された形だ。しかし私たちが「もっとすごい高橋」を知っているからだろうか。この結果にも、まだまだ、もうちょっと見せてほしいと思ってしまう。

「勝たせたい男」を印象付けたライバルたち

 五輪シーズン前半のグランプリ(GP)シリーズ。勝負はあくまで五輪なのだから、無理に勝つ必要はない。しかし、少しでも前シーズンから進歩したところ、今季は素晴らしい気合いが入っているところ、ミスはしても完成形が楽しみになるプログラムを持っているところ……そんなものをジャッジや関係者、ファンに見せておく必要はある。ロシア杯で鮮やかな復活を遂げたエフゲニー・プルシェンコ(ロシア)、エリック・ボンパール杯で散々だったがNHK杯で彼らしい強さを見せたブライアン・ジュベール(フランス)、また自らの道を突き進む覚悟と気合いのほどを感じさせたジョニー・ウィアー(米国)、そして2季ぶりの4回転をこの時点で跳んだアボット。彼らは五輪で勝てる男、「勝たせたい男」として、審判に強く印象付けることができた。

 またスケートカナダではメダルに及ばなかったが、公式練習で凄まじいまでの「オペラ座の怪人」をお披露目したパトリック・チャン(カナダ)。フリーでは撃沈してしまったが、良く動く身体でショートプログラムはパーフェクトの演技をし、大器の片りんを見せたデニス・テン(カザフスタン)などにも、審判は昨シーズン以上の成長を見ている。
 特にパトリック・チャンの滑りの技術のさらなる進歩、公式練習で流しながら滑ったはずのフリープログラムの華麗さは誰もが目を見張るもので、練習段階では彼かアボットが優勝か、と思われた。ホームリンクでの練習では高確率で4回転も成功しているというが、今年の彼ならばトリプルアクセルまでの構成でかなりのポイントを得ることができるだろう。五輪本番、もしクワドジャンパーたちが次々に失敗するとしたら、チャンは4回転なしでメダルに届くのではないか。そんな声も聞かれた。

 そうしたGPでの活躍で目をひいた選手、GPではいまいちだったが、今年の成長に期待できる選手。その中に残念ながら、高橋はまだ入っていない。「前はもっといいものを見せてくれたよね」「ケガのブランクは、やはり大きかったな」――そんな印象を、多くの審判は現在の高橋に抱いているはずだ。
 一歩一歩階段を上っている状態の彼には酷だが、ここはもうひとつ与えられたチャンス、GPファイナルで「高橋大輔、健在!」の演技を期待したい。それはパーフェクトの演技では必ずしもなく、どんな形であれ「五輪での高橋が楽しみになる演技」だ。

<了>
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著者プロフィール

静岡県浜松市出身、フリーライター。02年よりフィギュアスケートを取材。昨シーズンは『フィギュアスケート 2011─2012シーズン オフィシャルガイドブック』(朝日新聞出版)、『日本女子フィギュアスケートファンブック2012』(扶桑社)、『日本男子フィギュアスケートファンブックCutting Edge2012』(スキージャーナル)などに執筆。著書に『バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート 最強男子。』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』(角川書店)などがある

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