宮里藍、勝てない理由の謎解きにかけた日々=心のなかにいるライバルに打ち勝つために――

宮下幸恵

今季、悲願の米ツアータイトルを手に入れた宮里藍。コツコツと続けた“謎解き”が、優勝を引き寄せた 【Getty Images】

「アイがUSLPGAで勝てないのは、七不思議の1つね」。
 7月、風光明美なフランス・エビアンで行われた米女子ツアー「エビアンマスターズ」第3日、テレビ解説者だったホールオブフェイマー(世界ゴルフ殿堂入り選手)のベス・ダニエルはこうつぶやいた。それほど、誰もが疑いはしなかった宮里藍の米ツアー優勝。この翌日、ようやく呪縛(じゅばく)から解き放たれるのだが、初Vまで要した3年半は“七不思議”の答え探しに費やした時間だった。

名コーチとの3人四脚で乗り越えた大スランプ

 スイング改造と予期せぬ左ひざ裏の故障から大スランプに陥った一昨年。7月「世界マッチプレー選手権」で2位に入り優勝まであと一歩と迫りながら、その後は予選落ちが続き8月末に行われた「ステートファームクラシック」では人生初の棄権という屈辱を味わった。
「こんなはずじゃない。自分はこんなに弱くない」――。
 長くて暗いトンネルに入り込んだ宮里に、救いの手を差し伸べたのはピア・ニールソン、リン・マリオット両コーチだった。内気な少女だったアニカ・ソレンスタム(スウェーデン)を女王に育て上げた名コーチとの“三人四脚”の取り組みが始まった。

 当時の宮里は、「自分の気持ちをどうやってコントロールしていいのか分からなかった」(マリオット・コーチ)という。まずは『自分』を知ること。そのためにユニークな方法を試したことがある。心拍数を小さな機械で計り、ミスショットでOBをたたいたりボギーを打った場面を想像してみる。すると、鼓動は自然と速くなりイライラモードに。その時何を考えたらリラックスできるのかを知ると、コース上でピンチが訪れても慌てることはない。

 宮里が最初に思い浮かべたのは、生まれ育った沖縄の青い海だった。ほとんどのホールからカリフォルニアの青い海が見渡せるトーリーパインズGCが舞台だった今年9月の「サムスン世界選手権」では、「海が故郷(沖縄)を思い起こさせてくれたので、要所要所で落ち着くことができた」。この大会で熾烈(しれつ)な優勝争いを演じ2位に食い込んだのも不思議ではない。

全ショットを5段階評価し、スイングを客観的に分析

 もう1つ、1年半ほど取り組んでいるものにその日の全ショットを『5段階評価』する方法がある。自分のスコアを書き込むスコアカードのわずかなすき間に、几帳面に並べられた「5」や「4」の文字。アドレスはどうだったか、スイングリズムは速かったか。力みはどうだろう? ショットもパットもすべてを5段階評価することで客観的にスイングを分析し、1つでも評価の低い1打があればその原因を探った。逆に、完ぺきな1打を放てば5を○で囲み、最上級の評価を与える。一見面倒な作業に見えるかもしれない。しかし、もとから生真面目で一直線な性格だけに「(数字を書き込むことが)苦にならないんです」と笑う。
 1つ1つ課題をクリアしていくうちに、自分の心に渦巻くプレッシャーを受け入れ、コントロールするすべを身に着けていった。「エビアンマスターズ」のプレーオフ。ウィニングパットを目の前にしたとき、優勝を欲するあまり自分で自分にかけたプレッシャーに押しつぶされたかつての姿はどこにもなかった。

 脇目もふらず突っ走った日本ツアー時代の宮里が『ウサギ』なら、スランプを味わってからの宮里は『カメ』だったかもしれない。10代、20代前半の選手が台頭するツアーのなか、ライバル達が「お先に!」とばかりに優勝を手にしていく。どんどん追い越されても、私は私と焦りはグッとこらえた。「いつ(優勝の)チャンスが来るかわからない。そのチャンスが目の前に来たときでも焦らないよう、チャンスをつかめるように準備をするだけ」。大スランプで涙にくれた自分を見つめ直し、弱さを知った。その弱さを受け入れ成長した分だけ、優しい真の強さを備えたように見える。

 母国日本で開催された今年の「ミズノクラシック」は17位に終わったが、賞金ランクは2位をキープしシーズン終盤へ。逆転マネークイーンの可能性も残しているが、「結果はあとから付いてくるもの。最後までこの状態で戦っていくのが大事だし、シーズンを通してやってきたことを変えずにやりたい」とマイペースのまま。やるべきことはわかっている。そう心に誓い、メキシコ開催の「ロレーナ・オチョア招待」(11月12〜15日)、最終戦「LPGAツアー選手権」(19〜22日、米国テキサス州)の残り2戦に出場するため、今年最後の旅へと向かった。

<了>
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著者プロフィール

サンケイスポーツを経て、2006年からフリーに。米女子ツアーを中心にバンクーバー五輪も取材し、新聞、通信社、ネットメディアに幅広く執筆(Twitterは@m_sachi)。2011年にニューヨークで第一子出産し子育て分野にも挑戦。ヤフージャパンで「NY発 子育て新常識」(http://bylines.news.yahoo.co.jp/miyashitasachie/)を連載している。

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