千葉県銚子市の地方創生はある一人の男性の思いつきから始まった。元プロ野球選手も協力する驚きの成果とは
【写真提供:株式会社銚子スポーツタウン】
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若者が帰ってきたくなる町を目指す
球場が2つあるほか、室内練習場、宿泊棟、大きな食堂などを完備した銚子スポーツタウンの見取り図 【写真提供:株式会社銚子スポーツタウン】
「地元のサイクリング仲間と富士山を自転車で登るという大きな大会に参加することになり、前日から現地に入った我々は、ある居酒屋でお酒を飲んだんです。その時、お店には私たちと同じように大会参加者がたくさんいました。そこで、こういう大会を開いたらどれだけの経済効果があるのかという話になり、ざっと計算してみたところ1億円以上。銚子でもこういう大会をやったら、地方創生になるんじゃないかという話で盛り上がったんです」(小倉さん、以下同)
その頃、銚子市も他の自治体と同様、少子高齢化から後継者不足などの問題が起きていた。県外の学校に進学している子どもが銚子に戻ってきたときに、こんなに活気がない町でいいのかという危機感が、小倉さんの背中を押した。
経済波及効果1億円の自転車レース
2016年に銚子市で開催された自転車レース「犬吠埼エンデューロ」 【写真提供:株式会社銚子スポーツタウン】
「一般的には県とか市町村とか、広域の連合体が行う活動らしいんですが、JSTAの方から『でも、小倉さんたちがやればいいんじゃないですか?』と言われて、そうかと思ったんですよ。要は家の前の道路に雑草が生えていたら、自治体が草取りをしてくれるまで待ってもいいけど、自分がやってもいいわけです。だから自分たちでやることにしたんです」
こうして2014年に地元の先輩や仲間たちとNPO法人銚子スポーツコミュニティーを立ち上げた小倉さんは、スポーツツーリズムの勉強会を開くなどして活動を開始。そして2016年、遂に銚子市でサイクリング大会を実施することになった。しかし、大会は無事に終わったものの次年度の開催には慎重な声もあがっていた。
「マラソン大会をするための銚子市の拠出金が800万円で、来年はそんな金額を出せないというんです。NPOでは大会の参加者に細かいアンケートをとっていたので、そうしたものを使って計算したところ、経済波及効果が1億円だったことがわかったんです。その数字を公開して市民の皆さんに理解いただくことで翌年も開催することができました」
こうした大会を実施した場合、参加者は車で来て、持参した食事を食べて帰ってしまい、開催地では1円もお金を使わないというケースも少なくない。そうしたことを見越していた小倉さんは、参加者が宿泊費、飲食費、交通費、お土産代などを使ってくれるような工夫をしていた。NPO立ち上げから約2年で大きな大会を開催し成功を収めた小倉さんだが、その間に、もう1つ大きな決断をしていた。それが「銚子スポーツタウン」の設立だった。
誰もやらないなら自分がやる
廃校後、放置されたままで傷んでしまった市立銚子西高校の体育館 【写真提供:株式会社銚子スポーツタウン】
「あの時は、合宿所はやった方がいいとは思いましたが、自分でやろうとは思っていなかったんです。事業者を見つけてやってもらうつもりで、銀行に相談したところ興味を持ってくれて、銚子市長との面談もできた。銀行も融資してくれるとなって、話がどんどん進むのに事業者が見つからない。これで誰もやらなかったら、せっかくの話が流れるなと思って、じゃあ俺がやるよ、ということになったんです」
個人が自治体のために借り入れをして事業を始めるとなると、リスクもそれなりに大きい。しかしその時、小倉さんは風を感じたという。
「何にでも風ってあると思うんですよ。銀行も市も前向きで、これはやるしかないっていう風。あの時、それを感じたんですよね。そこで誰もやらないなら自分がやるしかないと思ったんです」
と、小倉さんは笑って当時を振り返る。しかし実際は、耐震問題などで想像以上に施設に手を入れなければならず、銀行からの借り入れは億単位で増えていった。
「銚子スポーツタウンを立ち上げるために会社を作ったんですが、毎日のように入れ替わり立ち替わり誰かがきて『会社を潰す気か』とか『本業はどうするんだ』って、心配されました。でも、会社を作って最後に株主を募る段階になったら、NPOを一緒にやっていた12人の仲間がみんな出資するって言ってくれて、その時は涙が出そうになりましたよ」
こうして2018年4月、「銚子スポーツタウン」は誕生した。
コロナ禍で予約はすべてキャンセル
広々とした天然芝が自慢のグラウンド 【写真提供:株式会社銚子スポーツタウン】
「その時は、銀行も返済の緩和など、すごく考えてくれてなんとか乗り切りました。従業員は雇用調整助成金を使って休んでもらっていたんですが、厨房スタッフがさすがに3ヶ月も休んでいると腕がなまるので働かせてほしいというので、お弁当を作ったり、いろんなことをして乗り切りましたね」
お弁当の販売の他、敷地をキャンプや、企業の研修や運動会など、さまざまな目的で使えるようにもした。そしてコロナ禍があけた2024年春からは元プロ野球選手たちが指導する「銚子黒潮野球塾」がスタートした。
元プロ野球選手が指導する野球教室
銚子スポーツタウンで行われた、元プロ野球選手・篠塚和典さんの名を冠した野球大会 【写真提供:株式会社銚子スポーツタウン】
打撃練習を見守る、野球塾校長の木樽正明さん 【写真提供:株式会社銚子スポーツタウン】
打撃練習でタイミングの取り方を指導する、野球塾教頭の篠塚和典さん 【写真提供:株式会社銚子スポーツタウン】
「木樽ドリームズに62歳の方が入ってきたんですが、その方の孫が一緒に来て、自分も入りたいと言ってくれました。でもまだ小さいので、子ども向けの野球チームに入ったら? とすすめたのですが、『おじいちゃんと一緒に木樽ドリームズで野球をやりたい』と言うんですよ。近隣の小学校も少子化などの理由で野球チームがなくなっていたので、受け入れることにしました。でも、その子が友だちを連れてくるようになって、あまりに人数が増えたので、廃部になっていた小学校の野球チームが復活することになったんです」
野球塾校長の木樽正明さん(左)と、野球塾教頭の篠塚和典さん(右)の間で笑顔を見せる、株式会社銚子スポーツタウンの代表取締役・小倉和俊さん 【写真提供:株式会社銚子スポーツタウン】
今回の取材を通し、銚子スポーツタウンの成功の要因の一つに、地元の人脈や繋がりを生かした活動があると感じた。小倉さんの活動に共感して協力した人々の中には、小倉さんのおじいさんの代からの繋がりの方や、小倉さんの先輩や同級生、商工会議所の仲間といった、顔見知りが多い。銚子スポーツタウンは、地元を愛する人たちの気持ちと、古くからの付き合いによる信頼関係といった、地方ならではの強みとスポーツを組み合わせた、新しい形の地方創生の形かもしれない。
銚子スポーツタウン
https://choshi-sportstown.com/
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:株式会社銚子スポーツタウン
※本記事はパラサポWEBに2025年1月に掲載されたものです。
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