早大初のボクシング世界王者 岩田翔吉「99.9パーセント無理でもやる価値がある」

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【早稲田ウィークリー】取材・文:オグマナオト(2002年第二文学部卒業) 撮影:布川 航太

「絶対にいつか『無理だ』と言ってきた人たちを黙らせてやる」

所属する帝拳ボクシングジムにて 【布川 航太】

世界ボクシング機構(WBO)ライトフライ級王者、プロボクサー岩田翔吉、28歳。2024年10月13日、強烈な左フックでチャンピオンベルトを手にした新王者は、早稲田大学スポーツ科学部出身。「早大出身初の世界王者誕生」としてニュースでも大きく報じられた。その史上初の偉業はいかにして実現できたのか。周囲から何度も「無理に決まっている」と否定されても世界の頂にまで登りつめた男の拳には、学生時代に恩師からもらった言葉も宿り、唯一無二のパンチを生み出していた。

今までにないキャリアを! 早稲田でしか出会えないことがある

サンドバッグがきしむ音、シューズの摩擦音、スパーリングのブザーと選手たちの息遣い…さまざまな音が交錯するボクシングジムで、世界チャンプは静かに過去を語り始めた。

「高校1年の頃、ボクシングや駅伝などで『W』の文字と『臙脂(えんじ)』のユニホームを背負って戦う早稲田スポーツを見る機会があったんです。純粋に、かっこいいなと。自分もWと臙脂を背負って戦ってみたいと憧れを抱きました」

早稲田を選んだきっかけを振り返る岩田選手。聞けば、9歳の頃からさまざまな格闘技を経験し、中学2年生からはボクシングに専念。高校時代には、田中恒成、井上拓真(※)ら、後に世界を制する強敵たちを倒してインターハイも制覇した。

(※)田中恒成…世界4階級制覇王者、井上拓真…元世界ボクシング協会(WBA)世界バンタム級王者

1996年11月、0歳で初めてボクシンググローブを付けた時の一枚 【本人提供】

それだけの実績がありながら、岩田選手はそのままプロの道には進まず、早稲田大学への進学を選択した。当時早稲田のボクシング部は関東大学リーグ戦で2部と3部を行き来するレベルだったが、岩田選手に迷いはなかった。

「高校卒業後、すぐにプロになって社会に出るのは未熟でまだ早い。ボクシングだけが人生ではない、という思いもあって、早稲田大学への進学を選びました。部活動以外にも、同世代の仲間、学問…早稲田でしか出会えないこと、経験できないことが将来の自分にとってかけがえのない財産になるはず、という確信がありました」

実際、岩田選手は早稲田大学でいくつものかけがえのない出会いを果たす。一つは、ボクシング部の3人の同期だ。

「自分はもともとプロになることを決めて入学した人間ですが、自分以外の3人は皆、大学からボクシングを始めたメンバーです。その3人が最終的に全員プロになったんです。ボクシングの魅力みたいなものは伝えられたのかなと思いますし、今でもボクシング部の有志が集まって自分の試合の応援に来てくれるのは本当に励みになります」

2016年12月、大学2年生の時、日吉記念館での早慶戦で臙脂のユニホームを身に着けた岩田選手 【早稲田大学ボクシング部】

2017年11月5日早稲田スポーツ新聞掲載。左から、岩田選手、同期で主務の新村さん、井上稜介選手(2018年スポーツ科学部卒)、藤田裕崇選手(2018年社会科学部卒)。井上選手と藤田選手は、現在プロボクサーとして活躍している 【早稲田スポーツ新聞会】

そんな仲間たちと切磋琢磨し合っていた在学時から、「早大出身初の世界王者になる」と公言していた岩田選手。しかし、前例がないこと、さらに当時のボクシング部のレベルや環境もあってか、ビッグマウスとしか受け取られなかった。

「99.9%の人から無理だと言われましたね。『そんなことする必要あるの? 普通に就職した方がいいよ』という声もありました。でも、自分の感覚では『まだ誰もやっていないからこそ、やる価値がある』とモチベーションになりました。むしろ、『早稲田スポーツは強くなきゃダメだろ!』というこだわりがありましたから」

【布川 航太】

他の人がやらないことをやりたい…。その思いから、大学在学中の2018年に迎えたプロデビュー戦は、ボクシングの本場アメリカが舞台という異例のものだった。

「むしろ日本ならすぐデビューできたのに、当時のアメリカ政府による方針の影響でビザの発行に時間がかかり、デビューを決めてから1年弱くらい待って。それでも、『今までにないキャリアを積みたい』という気持ちが強くありました。子どもの頃から憧れていたボクシングの本場で戦いたいと強く願い続けたことで、希望をかなえることができました」

周囲から否定されても…。尖(とが)ったままの自分でいい

2024年10月13日、東京・有明アリーナでスペインのハイロ・ノリエガ選手を3回TKOで破り、WBO世界ライトフライ級王座を獲得した 【共同通信社】

アメリカでのデビュー戦でKO勝ちを収めた岩田選手。その後、デビューからわずか7戦目で日本ライトフライ級王者に。さらに勝利を重ね、2022年11月、デビュー10戦目にして初の世界戦、WBO世界ライトフライ級タイトルマッチへ。しかし、大願成就とはならず、この世界戦でプロ初黒星を喫してしまう。敗戦から何を学んだのか。

「それまで、自分の武器になる点や長所を伸ばすことばかり考えていました。でも、この試合は逃げる相手を捕まえきれずに判定負け。初の世界戦でジャッジも全員外国人という環境にのまれ、動揺した部分もありました。結局、未熟だったんです。克服するには、自分の得意ではないスタイルでも対応できる技術的な進歩に加え、自分の精神・魂を磨く必要があると感じました」

技術的な改善点と違い、「精神・魂を磨く」作業には正解がない。再びタイトルマッチにたどり着くまでは、もがくしかない苦しい日々だったと振り返る岩田選手。そんな中で支えとなったのは、学生時代の恩師、スポーツ科学部の石井昌幸教授の授業で学んだ「スポーツの根源は娯楽であり、遊び心を忘れてはいけない」という教えだった。

石井先生と。世界チャンピオンの報告をした時の一枚 【本人提供】

「プロとしてリングに上がることは、当然生活もかかっていますし、10キロ以上のつらい減量もあるし、時に命の危険性すらある。リングという檻の中で誰も助けてくれない極限状態であっても、『遊び心を忘れてはいけない』という石井先生の教えを思い出すことで、ちょっと楽になれる。むしろ、遊びだという気持ちを忘れたら、自分を表現することも、成果を出すことも難しかったはずです」

こうして迎えた1年11カ月ぶり・2度目の世界戦で、ついにチャンピオンベルトをつかんだ岩田選手。誰もが無理だと否定した目標をかなえた男は、これから夢を追う若き学生に向けて、伝えたいことがあるという。

「成果が出る出ないは関係なく、自分に誇りを持って、『こうありたい、これをやりたい』という気持ちを貫いてほしい。尖ったままでいいんです。生きているとたくさん悔しいことがあるけれど、僕の場合は、絶対にいつか『無理だ』と言ってきた人たちを黙らせてやる、という一心でここまでやってきました。とにかく自分を信じて、お互いに頑張ろうと言いたいですね」

実は「尖ったままでいい」も、石井先生からもらった言葉だという。

「学生時代の自分は今よりも尖っていましたけど(笑)。そんな自分に対して、石井先生は『翔吉、尖れる時に尖っておけよ。丸くなることは簡単なんだ』と言ってくれました。自分らしくいていいんだ、とすごく楽になりましたね」

そんな尖り続ける男の、これからの目標とは?

「まずはボクサーとして、今の階級で世界4団体を全て制して、最強を証明したい。それ以上に思うのは、いつか自分の経験を早稲田のボクシング部に、若い世代に還元したい。いつになるか分からないし、指導者としてなのか立場は分かりませんが、『早稲田のボクシングは強くてかっこいいんだ』ということを証明できるような立場になれたらすごくうれしいですね」

【布川 航太】

プロフィール

1996年、東京都出身。早稲田大学スポーツ科学部卒業。現在、帝拳ボクシングジム所属。第23代WBO世界ライトフライ級チャンピオン。WBOアジアパシフィック・ライトフライ級チャンピオン。第38代OPBF東洋太平洋ライトフライ級チャンピオン。第44代日本ライトフライ級チャンピオン。アマチュア戦績71戦59勝16KO RSC12敗。好きなワセメシは「図星」の油そばで、今もよく行くそう。

早稲田大学体育各部共通ロゴ

トランクス右側につけた早稲田スポーツを象徴するロゴ 【共同通信】

早稲田大学は2022年に迎えた早稲田スポーツ125周年を記念して、44部ある早稲田スポーツの一体感を醸成するために「体育会各部共通ロゴ」を作成しました。岩田選手は2022年11月の世界タイトル初挑戦以来、同ロゴをトランクスにつけて早稲田を背負って戦い続け2024年10月、2度目の世界戦で見事に勝利してくれました。(競技スポーツセンター)

レスリングで東京オリンピック金メダリストの須崎優衣選手とは、同じ石井ゼミで学んだ。すぐ近くにトップアスリートのいる環境も、早稲田のいいところだと話す 【本人提供】

アメリカでのデビュー戦直前の一枚 【本人提供】

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著者プロフィール

「エンジの誇りよ、加速しろ。」 1897年の「早稲田大学体育部」発足から2022年で125年。スポーツを好み、運動を奨励した創設者・大隈重信が唱えた「人生125歳説」にちなみ、早稲田大学は次の125年を「早稲田スポーツ新世紀」として位置づけ、BEYOND125プロジェクトをスタートさせました。 ステークホルダーの喜び(バリュー)を最大化するため、学内外の一体感を醸成し、「早稲田スポーツ」の基盤を強化して、大学スポーツの新たなモデルを作っていきます。

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