「今ある日常は、決して当たり前なものではない」 能登半島地震で被災したJリーガーが考える防災意識 ソナエルJapan杯2024に寄せて

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ツエーゲン金沢の守護神、能登半島地震の被災者となる

【©︎ZWEIGEN KANAZAWA】

 2024年の元日は、のどかに、静かに明けた。
 J3所属、ツエーゲン金沢のGK上田樹は、実家のある石川県内灘町で家族と年末年始を過ごしていた。祖母と母と弟、そして愛犬。父は七尾市の実家を訪れていて不在だった。
 上田は2001年6月28日生まれで、今年23歳。地元のツエーゲン金沢U-15、U-18を経て、2018年にトップチームに2種登録され、同年にはU-17日本代表にも選出されている。
「当時石川からプロを目指すんだったら、星稜高校というのが一般的でした。僕自身も悩みましたが、子供の時にツエーゲンのトップチームの試合を観たのが大きかったですね。ポジションはずっとGKで、元日本代表の西川周作さんのパントキックをYouTubeで見ては、何度も練習しました。U-17に選ばれてチェコに遠征した時、(のちにA代表となる)鈴木彩艶が一緒でした。僕も1試合出ましたけど、同世代であれほど身体能力の高いGKは見たこともなかったです」 
 高校を卒業した2020年、正式にトップチームに昇格するも、3シーズンまったく出番なし。2023年より、JFLの高知ユナイテッドSCに期限付き移籍している。
「高知での経験は大きかったですね。JFLのレベルは決して低くはなかったので、出場機会を得られたのはいい経験でした。金銭的にも環境的にも厳しいところはありますが、、高知は芝の質が良かったし、自然が豊かなんですよ。オフの日は川でキャンプをしたり、地元のカツオを自分で焼いて食べたりしていました(笑)」
 上田が高知で活躍している間、当時J2だったツエーゲン金沢は苦しい試合が続き、ついには最下位でシーズンを終了。サッカー専用の新スタジアムがオープンする今季は、J3で迎えることとなった。高知から復帰した上田にとっての2024年は、さまざまな意味で奮起が求められるシーズンであったのである。
 その元日、東京・国立競技場では、日本代表とタイ代表の親善試合が行われていた。上田もNHKの中継を家族とTV観戦。試合は、日本が5-0で圧勝。森保一監督が試合後のインタビューに応じる映像に、突然、緊急地震速報が被さる。「石川県で地震 強い揺れに警戒」というテロップに胸騒ぎを覚える中、番組がニュースに切り替わると同時に大地が激しく揺れた。
 16時6分、能登半島の地下16 kmで発生した地震の規模はM(マグニチュード)7.6。内陸地殻内で発生する地震としては、国内でも稀有な大きさであった。
 ここに居ては危ない──。そう直感した上田は、自ら愛犬を抱え、家族と共に屋外に退避。さらに、津波の危険があるために、高台にある公園まで家族全員で移動している。2023年5月5日にも、能登半島沖の深さ12 kmを震源とするM6.5の地震はあったが、その時は高知にいた。自分自身が被災者となったことに、上田は少なからずの衝撃を受けることとなる。
「実家は高台にあったので、壁にヒビが入るくらいの被害で済みましたが、内灘町の中では地盤沈下や液状化がひどかったんですよ。七尾に行っていた父は、幸い無事だったんですが、連絡が取れるまで本当に心配でしたね。津波被害の話も、あとで父から聞きました」

「自分たちがピッチで結果を出すことで、被災地に元気を与えよう!」

ツエーゲン金沢は、5月13日にクラブとして初めて被災地を訪問。  上田選手を含め、全選手・スタッフが穴水町、能登町、輪島市、珠洲市を訪れた。  上田選手は能登町を訪問し、現地ボランティアさんのお話を聞いたり、避難所で子どもたちとサッカー交流を行った。 【©︎ZWEIGEN KANAZAWA】

 1993年の開幕以来、Jリーグは大地震をはじめとする自然災害に、たびたび直面している。記憶に新しいところでいえば、2016年4月14日の熊本地震、そして2011年3月11日の東日本大震災。どちらもシーズン開幕後での発災だったため、Jリーグをはじめとするサッカー界の動きも迅速だった。
 とりわけ東日本大震災の場合、国内リーグそのものが5週間にわたって中断されたこともあり、被災地を慰問するクラブや選手も少なくなかった。ところが今回の能登半島地震は、元日という最悪のタイミング。当時の状況を上田は振り返る。
「チームへの合流は1月8日でした。実家のことが気になりましたが、切り替えるほかなかったですね。被災地のクラブとして何かできないか、チームメイトとはいろいろ議論しました。被災地に行って、サッカースクールをやるとか。でも、すぐに宮崎でのキャンプが始まるし、気軽に奥能登に行けるような状況ではなかったですからね」
 気がつけばツエーゲン金沢は、極めて難しい立場に立たされていた。最重要ミッションとしての、1年でのJ2復帰。これらに加えて、彼らには「被災地のJクラブ」として注目されるという、想定外のプレッシャーが加わる。こうした中、選手たちが出した結論は、こうだ。
「自分たちがピッチで結果を出すことで、被災地に元気を与えよう!」
 今季の開幕戦は2月25日、アスルクラロ沼津とのアウェイ戦だった。この試合で上田は、Jリーグ初スタメンを果たしている。しかし、結果は0-3で完敗。もちろん、失点はGKだけの責任ではないが、続くホームでのFC今治戦とFC大阪戦は控えに回ることとなった。結果は1-3と2-6。新スタジアムでの連続大量失点に、周囲のストレスは頂点に達しようとしていた。
「J2復帰を目指す中での3連敗。しかも新スタジアムで、3失点とか6失点とか。あの時は、みんな焦っていましたね」
 ベンチから試合を見続けていた、上田の言葉が重く響く。実際、2011年のベガルタ仙台は、震災以後に11戦負けなし(6勝5分け)を果たしている。しかし2016年のロアッソ熊本は、地震以降で初勝利するまでに5試合を要した。 1年でのJ2復帰と、新スタジアムでの初勝利。それだけでも重圧なのに、さらに「被災地のJクラブ」として地域に勇気を与えるという、難しいミッションを抱えることとなったツエーゲン金沢。自身も被災者だった上田は、試合に出られないこともあり、焦燥を募らせることとなる。

競い合いながら防災知識をアップデートできるソナエルJapan杯

 ツエーゲン金沢が浮上のきっかけを掴んだのは、3月13日のJリーグYBCルヴァンカップ1回戦だった。ヴァンラーレ八戸とのアウェイ戦。0-0で延長でも決着がつかず、PK戦の末に敗れたものの、今季初の無失点で試合を終えることとなった。GKには上田が復帰。当人いわく、スタメンを伝えられた時は「自信しかなかった」そうだ。
 そして3日後のJ3第4節、テゲバジャーロ宮崎とのアウェイ戦では2-0で今季初勝利。第6節から第15節まで、10試合連続無敗(5勝5分け)という驚異的な追い上げを見せ、本稿執筆時(8月23日)でプレーオフ圏内の6位に食い込んでいる。この間、リーグ戦でゴールを守り続けた上田に、当時の心境を語ってもらった。
「宮崎戦での初勝利は嬉しかったけれど、4試合目でようやく勝ち点3でしたからね。その時は『ここで喜んではダメだな』と思っていました。それから10試合負けなしで、チームのコンディションが上がっていくにつれて、お客さんの数も増えていきました。結果を出すことで、周囲を巻き込むことができるし、そこから生まれるパワーは被災地にも届いていると思います」
 さて、ここまで現役Jリーガーに能登半島地震について語ってもらったのは、もちろん理由がある。8月20日から始まった「ヤフー防災模試 ソナエルJapan杯2024(以下、ソナエルJapan杯)」に、広く参加していただきたいからだ。
 2021年から始まったソナエルJapan杯は、防災意識を高めることを目的に災害時に必要な知識や能力を問う「ヤフー防災模試」を、Jリーグに所属する全クラブのファン・サポーターがスマートフォンで受験するというもの。防災模試受験による勝ち点、そしてクラブ公式Xへのリポストによる勝ち点の合計をクラブ間で競い合い、最終順位が決定する。
 Jリーグの全60クラブは、6クラブずつに分かれて競い合う。第1節(8/20~8/27)、ツエーゲン金沢が組み込まれたグループHには、サンフレッチェ広島や川崎フロンターレといったJ1チャンピオンになったことがあるクラブも同組だが、カテゴリーや予算規模は関係ない。むしろ被災地クラブだからこそ、防災意識を高める機会として、優勝争いに食い込んでほしいところだ。
 上田もまた、自身が被災者になったことで、防災に対する意識は変わったという。
「地震直後は断水で大変な思いをしたので、水や防災食品を爆買いしました。それまで自分ごととして、防災を考えることはありませんでしたね。今は日々、サッカーができることに感謝しています。けれども今ある日常は、決して当たり前なものではない。それが、今回の地震を経験して、僕が一番伝えたいことです」
 能登半島地震で始まった2024年。8月に入ってからも、日向灘でM7.1の地震が発生し、相次ぐ台風が東北や関東を直撃した。そんな時代だからこそ、サッカーを通じて手軽に防災が学べる機会を活用したいところだ。
 ゲーム感覚で防災の知識をアップデートしつつ、サポートクラブの応援もできるソナエルJapan杯。より多くのJリーグファン・サポーターが、自分ごととして参加することを強く願う次第だ。

(文:宇都宮徹壱)

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