【スポーツマンシップを考える】 『 Respect 』 を考える
スポーツ界からなくならないさまざまな問題
日常的に暴行を振るっていたとされる北青鵬は日本相撲協会の勧告を受け引退を余儀なくされた。春場所後には、宮城野部屋を一時的に閉鎖することを前提に協議されており、宮城野親方は伊勢ケ濱部屋付き親方となり、力士らも別部屋に移す方向で調整が進んでいると報道されている。
このような問題は相撲界だけに限らない。さまざまな競技、そして、野球界も決して例外ではないのである。監督・コーチ・指導者のプレーヤーに対する体罰、暴力、暴言、ハラスメントなどの問題、先輩から後輩に対する暴行、暴言、飲酒・喫煙の強要などといった問題に関する報道は後を絶たない。
一般社会におけるコンプライアンスが重視されるようになり、さまざまなスポーツの現場における不適切な指導も問題視されるようになっている。指導現場におけるコーチたちの意識も変わり、徐々に問題は改善の方向に向かっていることもたしかかもしれないが、一方で報道されている事案も氷山の一角であることを考えると、不適切な指導、問題ある上下関係による歪みは簡単に解決しないというのも事実であろう。
立場が異なる存在の人々の価値や多様性を認め、大切に想うことが「尊重(Respect)」の精神である。スポーツマンがスポーツをプレーする上で最も基本的な能力である。勝利をめざしながら、Good Gameを実現するよきチームを構築するうえで欠かせない最も大切な態度であり最も重要な精神だといえよう。
フェアプレーの重要性
その競争を愉しめるのも、対戦相手がいてくれればこそ。勝利したとしても、自分より明らかに力の劣る相手に勝っても、それほど愉しさを感じられないケースもあるはずだ。少なくとも自分たちと同じくらい強い相手、もっといえば、自分たちよりも強いと思われる相手、それもフルメンバーが揃った万全の状態の相手と戦い、大接戦に持ち込み、そして最後に少しだけ相手を上回って勝利できれば、あなたは心から喜びを感じることができるだろう。だからこそ、私たちは強い相手にも怯まず勝利できるように、自らの能力を高めようとトレーニングに全力で取り組み、ゲームで最高のパフォーマンスを発揮しようとベストを尽くすのである。
私たちが真剣に戦うことはもちろん、相手も私たちに本気で向き合ってくれるからゲームを愉しむことができる。すべてのプレーヤーが全力を尽くし、相手より優れた成果を出そうという努力義務を果たすことによってGood Gameが成立するのである。すなわち、対戦相手はともにゲームを愉しむという価値観を共有する私たちにとって大切なパートナーなのである。一見、敵対関係にも見えるが、対戦するのは「相手(Opponent)」であり「敵(Enemy)」ではない。自らを強くする機会を与えてくれた相手は、ゲームを愉しむために欠かすことのできない大切な仲間であり、尊重すべき対象というわけだ。
さらには、スポーツを愉しむうえで欠かせない、スポーツの根本を示す「ルール」や、ルールを司る「審判」も、プレーヤーがゲームを愉しむために重要な役割を担っている。対戦相手、チームメイト、ルール、審判……、いずれも自分自身では思い通りにコントロールできないが、ゲームを愉しむためには欠かせないものばかり。だからこそ、これらすべてを大切に想い、感謝の念をもつことが必要なのである。
スポーツの構造を理解し、スポーツ取り巻く自分以外のすべてを尊重してプレーすることが「フェアプレー(Fair Play)」の精神となる。フェアプレーはスポーツマンシップにおける一部ではあるが、その実践はスポーツマンシップを考えるうえで最も重要で最も根源的な精神の一つなのである。
尊重と尊敬の違いを考える
「尊敬」は人間同士の間で用いられる。そこには、互いの間に上下関係が存在することが条件となる。尊敬は立場が下の者から立場が上の者に対して敬う気持ちのことであり、したがって、目下から目上に向けた一方方向の心のベクトルとして表現できる。
一方で、「尊重」は人間以外にも用いられる。ルールの尊重、スポーツの尊重……、対象は人間に限らない。また、そこに上下関係は必要なく、互いに大切に想い合うという意味で、フラットで双方向に働く心のベクトルとして表現できることになる。
先人を大切にする「尊敬」もすばらしい精神であり、決して尊敬が悪いというわけではないが、尊敬の念を重んじるがあまり、「上からの指示に逆らえない」「上に対して本音がいえない」といった気持ちも強くなりがちだ。上の立場からは体罰、暴力、ハラスメントといった行動が生じやすく、下の立場からは忖度の気持ちや指示を待つ意識が働きやすくなる構造である。
「尊重」は、立場の上下を超えて、多様な立場のものを大切に思い合う精神である。本当の意味で尊重し合える関係が構築できれば、風通しのいいチームもつくりやすくなる。時に、言いづらいことも相手や仲間のことを思いやって本音を届ける。礼を失したり、敬意を忘れたりしてはならないが、それが仮に上司や先輩だったとしても本当の想いを伝えていくことが本来は必要なのだ。耳が痛いことを言われた受け手の側も、そうした勇気ある本音に対して、傾聴し行動を改善することができれば、よりよき組織がつくられていくはずである。
尊敬関係になっている構造を尊重関係に変える。それは、立場が上の側の行動にかかっている。立場が下の者から上に上がって尊重関係を築こうとしても、「生意気な口をきくな」「偉そうな態度をとるな」ということになってしまい、耳を傾けてもらうことは難しくなる。だからこそ、立場が上の者が、下だと思われる側に対して寄り添い、誰もがフラットに話し合える環境を整えていくよう努めるべきというわけである。
憧れるのをやめましょう
あらためて整理すると、自分たちの組織をよくするためには、立場が上の者が下の者に寄り添う気持ちがもてるかがカギを握るのであり、対戦相手と戦う際には、立場が下の者も上の者に臆することなく戦う強い気持ちを備えることが重要になるというわけだ。
対戦相手は、自分たちを全力で倒そうとしてくる存在である。自分たちから最も遠い立場の存在であるともいえる。しかしながら、その対戦相手がいてくれるからゲームを愉しむことができるのであり、私たちがスポーツを愉しむうえで重要なパートナーであると理解して大切にすることが必要になる。
多様性の受容が求められるこれからの時代において、実践することが難しい本当の意味での「尊重」の精神を身につけることの重要性は増すばかりである。そのようななかで、野球をはじめとするスポーツは、真のRespectを身につけるために有用なソフトになりうるはずだ。だからこそ、スポーツを野球を愛するみなさんが、そうした価値に目を向け、互いに尊重し合い、より多くのGood Gameが展開される野球の場が具現化されていくことにますます期待したい。
一般社団法人日本スポーツマンシップ協会 代表理事 会長
立教大学スポーツウエルネス学部 准教授
1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。広告、出版、印刷、WEB、イベントなどを通してスポーツを中心に多分野の企画・制作・編集・運営に当たる。スポーツビジネス界の人材開発育成を目的とした「スポーツマネジメントスクール(SMS)」を企画・運営を担当、東京大学を皮切りに全国展開。2015年より千葉商科大学サービス創造学部に着任。2018年一般社団法人日本スポーツマンシップ協会を設立、代表理事・会長としてスポーツマンシップの普及・推進を行う。2023年より立教大学に新設されたスポーツウエルネス学部に着任。
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