【スポーツマンシップを考える】 『 Respect 』 を考える

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スポーツ界からなくならないさまざまな問題

 2024年3月10日、大相撲春場所が初日を迎えた。場所前に、元横綱・白鵬が親方を務める宮城野部屋で、元幕内力士・北青鵬による弟弟子に対する暴力問題が発覚した。師匠の宮城野親方に対しては、日本相撲協会から最下位となる年寄への「2階級降格」と「報酬減額」の懲戒処分が下されるとともに、師匠としての素養や自覚が欠如しているとして、所属する伊勢ケ濱一門内で任命された玉垣親方(元小結・智乃花)が師匠代行として監督することが決まった。

 日常的に暴行を振るっていたとされる北青鵬は日本相撲協会の勧告を受け引退を余儀なくされた。春場所後には、宮城野部屋を一時的に閉鎖することを前提に協議されており、宮城野親方は伊勢ケ濱部屋付き親方となり、力士らも別部屋に移す方向で調整が進んでいると報道されている。

 このような問題は相撲界だけに限らない。さまざまな競技、そして、野球界も決して例外ではないのである。監督・コーチ・指導者のプレーヤーに対する体罰、暴力、暴言、ハラスメントなどの問題、先輩から後輩に対する暴行、暴言、飲酒・喫煙の強要などといった問題に関する報道は後を絶たない。

 一般社会におけるコンプライアンスが重視されるようになり、さまざまなスポーツの現場における不適切な指導も問題視されるようになっている。指導現場におけるコーチたちの意識も変わり、徐々に問題は改善の方向に向かっていることもたしかかもしれないが、一方で報道されている事案も氷山の一角であることを考えると、不適切な指導、問題ある上下関係による歪みは簡単に解決しないというのも事実であろう。

 立場が異なる存在の人々の価値や多様性を認め、大切に想うことが「尊重(Respect)」の精神である。スポーツマンがスポーツをプレーする上で最も基本的な能力である。勝利をめざしながら、Good Gameを実現するよきチームを構築するうえで欠かせない最も大切な態度であり最も重要な精神だといえよう。

一般社団法人日本スポーツマンシップ協会代表理事 中村聡宏氏 【©一般社団法人日本スポーツマンシップ協会】

フェアプレーの重要性

 スポーツはゲームである。そしてゲームはルールに則り、勝利をめざして競争を愉しむ遊びである。

 その競争を愉しめるのも、対戦相手がいてくれればこそ。勝利したとしても、自分より明らかに力の劣る相手に勝っても、それほど愉しさを感じられないケースもあるはずだ。少なくとも自分たちと同じくらい強い相手、もっといえば、自分たちよりも強いと思われる相手、それもフルメンバーが揃った万全の状態の相手と戦い、大接戦に持ち込み、そして最後に少しだけ相手を上回って勝利できれば、あなたは心から喜びを感じることができるだろう。だからこそ、私たちは強い相手にも怯まず勝利できるように、自らの能力を高めようとトレーニングに全力で取り組み、ゲームで最高のパフォーマンスを発揮しようとベストを尽くすのである。

 私たちが真剣に戦うことはもちろん、相手も私たちに本気で向き合ってくれるからゲームを愉しむことができる。すべてのプレーヤーが全力を尽くし、相手より優れた成果を出そうという努力義務を果たすことによってGood Gameが成立するのである。すなわち、対戦相手はともにゲームを愉しむという価値観を共有する私たちにとって大切なパートナーなのである。一見、敵対関係にも見えるが、対戦するのは「相手(Opponent)」であり「敵(Enemy)」ではない。自らを強くする機会を与えてくれた相手は、ゲームを愉しむために欠かすことのできない大切な仲間であり、尊重すべき対象というわけだ。

 さらには、スポーツを愉しむうえで欠かせない、スポーツの根本を示す「ルール」や、ルールを司る「審判」も、プレーヤーがゲームを愉しむために重要な役割を担っている。対戦相手、チームメイト、ルール、審判……、いずれも自分自身では思い通りにコントロールできないが、ゲームを愉しむためには欠かせないものばかり。だからこそ、これらすべてを大切に想い、感謝の念をもつことが必要なのである。

 スポーツの構造を理解し、スポーツ取り巻く自分以外のすべてを尊重してプレーすることが「フェアプレー(Fair Play)」の精神となる。フェアプレーはスポーツマンシップにおける一部ではあるが、その実践はスポーツマンシップを考えるうえで最も重要で最も根源的な精神の一つなのである。

尊重と尊敬の違いを考える

 英語でいう「Respect」は、日本語にすると大きくふたつの意味を含んでいる。それが「尊敬」と「尊重(・敬意)」である。

 「尊敬」は人間同士の間で用いられる。そこには、互いの間に上下関係が存在することが条件となる。尊敬は立場が下の者から立場が上の者に対して敬う気持ちのことであり、したがって、目下から目上に向けた一方方向の心のベクトルとして表現できる。

 一方で、「尊重」は人間以外にも用いられる。ルールの尊重、スポーツの尊重……、対象は人間に限らない。また、そこに上下関係は必要なく、互いに大切に想い合うという意味で、フラットで双方向に働く心のベクトルとして表現できることになる。

【©一般社団法人日本スポーツマンシップ協会】

 スポーツマンシップを考えるうえでより重要なのは「尊重」である。

 先人を大切にする「尊敬」もすばらしい精神であり、決して尊敬が悪いというわけではないが、尊敬の念を重んじるがあまり、「上からの指示に逆らえない」「上に対して本音がいえない」といった気持ちも強くなりがちだ。上の立場からは体罰、暴力、ハラスメントといった行動が生じやすく、下の立場からは忖度の気持ちや指示を待つ意識が働きやすくなる構造である。

 「尊重」は、立場の上下を超えて、多様な立場のものを大切に思い合う精神である。本当の意味で尊重し合える関係が構築できれば、風通しのいいチームもつくりやすくなる。時に、言いづらいことも相手や仲間のことを思いやって本音を届ける。礼を失したり、敬意を忘れたりしてはならないが、それが仮に上司や先輩だったとしても本当の想いを伝えていくことが本来は必要なのだ。耳が痛いことを言われた受け手の側も、そうした勇気ある本音に対して、傾聴し行動を改善することができれば、よりよき組織がつくられていくはずである。

 尊敬関係になっている構造を尊重関係に変える。それは、立場が上の側の行動にかかっている。立場が下の者から上に上がって尊重関係を築こうとしても、「生意気な口をきくな」「偉そうな態度をとるな」ということになってしまい、耳を傾けてもらうことは難しくなる。だからこそ、立場が上の者が、下だと思われる側に対して寄り添い、誰もがフラットに話し合える環境を整えていくよう努めるべきというわけである。

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憧れるのをやめましょう

 2023年3月。日本代表侍JAPANがアメリカ代表に挑むWBC決勝戦を前にしたロッカールームで、大谷翔平選手がチームメイトに語りかけた「憧れるのをやめましょう」という言葉も、対戦相手との間で「尊重関係を築こう」というメッセージだったことがわかる。

【©一般社団法人日本スポーツマンシップ協会】

 「憧れ」も上下関係を表現している言葉だ。憧れてしまっている状態では、なかなかその相手を乗り越えることはできない。対戦相手との上下関係を乗り越えるべき時は、立場が下になっているものが同じ土俵に上がって戦う意識をもつことが大切になる。

 あらためて整理すると、自分たちの組織をよくするためには、立場が上の者が下の者に寄り添う気持ちがもてるかがカギを握るのであり、対戦相手と戦う際には、立場が下の者も上の者に臆することなく戦う強い気持ちを備えることが重要になるというわけだ。

 対戦相手は、自分たちを全力で倒そうとしてくる存在である。自分たちから最も遠い立場の存在であるともいえる。しかしながら、その対戦相手がいてくれるからゲームを愉しむことができるのであり、私たちがスポーツを愉しむうえで重要なパートナーであると理解して大切にすることが必要になる。

 多様性の受容が求められるこれからの時代において、実践することが難しい本当の意味での「尊重」の精神を身につけることの重要性は増すばかりである。そのようななかで、野球をはじめとするスポーツは、真のRespectを身につけるために有用なソフトになりうるはずだ。だからこそ、スポーツを野球を愛するみなさんが、そうした価値に目を向け、互いに尊重し合い、より多くのGood Gameが展開される野球の場が具現化されていくことにますます期待したい。

【©一般社団法人日本スポーツマンシップ協会】

中村聡宏(なかむら・あきひろ)

一般社団法人日本スポーツマンシップ協会 代表理事 会長
立教大学スポーツウエルネス学部 准教授

1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。広告、出版、印刷、WEB、イベントなどを通してスポーツを中心に多分野の企画・制作・編集・運営に当たる。スポーツビジネス界の人材開発育成を目的とした「スポーツマネジメントスクール(SMS)」を企画・運営を担当、東京大学を皮切りに全国展開。2015年より千葉商科大学サービス創造学部に着任。2018年一般社団法人日本スポーツマンシップ協会を設立、代表理事・会長としてスポーツマンシップの普及・推進を行う。2023年より立教大学に新設されたスポーツウエルネス学部に着任。
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著者プロフィール

「Homebase」は、全日本野球協会(BFJ)唯一の公認メディアとして、アマチュア野球に携わる選手・指導者・審判員に焦点を当て、スポーツ科学や野球科学の最新トレンド、進化し続けるスポーツテックの動向、導入事例などを包括的に網羅。独自の取材を通じて各領域で活躍するトップランナーや知識豊富な専門家の声をお届けし、「野球界のアップデート」をタイムリーに提供していきます。さらに、未来の野球を形成する情報発信基地として、野球コミュニティに最新の知見と洞察を提供していきます。

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