【中学野球部地域移行シリーズ 第2弾(後編)】 「部活動以上のことができている」。川口クラブが目指す、スポーツを通じた地域コミュニティ活性化

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 新2、3年生だけで200人以上が在籍し、初心者からプロを目指す選手までを網羅する川口クラブは中学野球部の地域移行のモデルケースとして本拠地を置く埼玉県内外で存在感を高めている。

「部活動以上のことができていると思います。部活動のデメリットになっていた部分を、クラブにすることでクリアできた点が結構あります」

 川口クラブでGM兼コーチを務める武田尚大さんは胸を張る。とりわけ大きいのは指導者問題を解決できている点だ。

 昨今、部活動のあり方が見つめ直されている一因は、顧問を務めたくない教師が意思に反して駆り出されていることが挙げられる。

 一方、川口クラブには川口市内の公立中学全26校が参加するなか、指導者として参加する野球部顧問は半分強だ。強制ではなく、希望する者が名を連ねている。その一人、川口市立高等学校附属中学校の教員で川口クラブのGM兼コーチを務める村上淳哉さんがメリットをこう説明する。

「指導者が多くいるので、各選手のレベルやニーズに合わせた指導をできるようになります(※前編参照)。先生方にとっては、中学の野球部のように少ない人数で見るわけではなくなるので、お休みもできるようになります」

川口市立芝東中学校教員・川口クラブGM兼コーチ/武田尚大氏 【©Homebase】

新しい仲間との出会い

 川口クラブが現在の形になった2020年当初、活動はなかなか盛り上がらなかったと村上GMは振り返る。選手たちが所属意識として「部活の仲間で野球をやりたい」と考え、「部活ができないから、仕方なくこういうやり方でやっている」とネガティブな気持ちでスタートしたからだ。

 だが、レベル別で取り組めることなど徐々にメリットを実感し、「新しい仲間とやるのも楽しいとなり、チームワークもすごく良くなっていきました」。

 その点は指導する教員たちも同じだった。村上GMが続ける。

「部活で自分が指導する中学を勝たせたい気持ちが強く、他の中学の生徒まで抱えて行うクラブにモチベーションが上がらないという課題が最初はありました」

 選手同様、指導者も基本的に自分の中学がある支部(中央、東、南、北)を担当する。そのほうが、部活動の延長線で選手を見られるからだ。

 だが、村上さんはあえて違う支部に携わるようにした。

「そういうこともできるよと示したかったからです。やってみると自分の中学ではない生徒もかわいくなっていきますし、チームのみんなでうまくなりたい気持ちにもなってくる。『部活じゃなければいけない』というのも固定観念ですよね。日頃の学校生活も見ながら部活でも関わるというのが今までの教育の形なので『自分の学校の子を見たい』となるのは当然だと思うけど、クラブでの人間形成の部分もあると、やってみてわかってきました。新しい形として面白いと思っています」

 ビジネスパーソンが週末に友人や知人と会ってリフレッシュするように、中学生や教員にも川口クラブは新鮮なコミュニティになっている。

運営費をいくらにするか

 公立中学の教員には異動がつきもので、入学から2年間見てきたにもかかわらず、中3最後の大会だけ関われないというケースも部活動では生じる。実際、武田GMは2022年度になり、川口市内の東中から芝東中へ異動した。

「キューポラーズ(川口クラブの中央支部)でみんなで全国大会に行こう」

 そう言って2023年4月から芝東中に職場を移した後、週末のどちらか1日は川口クラブで中央支部に所属する東中の選手たちと一緒に練習した。そして有言実行で全国大会に出場し、準優勝を果たした。部活動では最後に離れ離れになったが、クラブでは最後まで一緒に戦い抜いた。

 川口クラブは川口市内の中体連野球部が母体で、各中学の校庭を活動場所として使いやすいこともメリットだ。サッカー部や陸上部などと話し合い、互いに融通をつけ合っている。

 一方、課題は運営費だ。当初は月4回の活動を月会費なしで始め、部活動の道具やボールを使用していた。

 だが、部活の備品を使うのはクラブとして最善策ではなく、川口クラブの道具や備品をそろえるために月会費1000円を徴収するようにした。そうして道具代や消耗品、施設使用料などに充てた一方、指導者は交通費のほとんどを自己負担していた。

 そこで2024年1月、月会費を3000円に値上げした。活動時間が6時間未満なら1500円、6時間以上の場合は3000円の手当を指導者に発生させるためだ(※兼職兼業の申請が認められた場合、受け取れる)。村上さんや武田さんは無償で構わないと思っているが、新しくやって来る指導者も含めて持続可能な運営にするには待遇面の向上が不可欠になるからだ。

 単純に値上げするだけでは保護者たちの理解が得られるかわからないと考え、選手各自に合わせたトレーニングメニューがスマホに送られてくるネクストベース社のプログラムを契約した。熱心な保護者たちにも好評で、「そのくらいなら」と値上げはすんなり受け入れられた。

 ちなみに、教員への部活動手当は3時間で2500円。川口クラブでも同程度の手当が受け取れるようにしたいが、そうするには月会費を5000〜6000円に上げる必要がある。それでも一般的な硬式クラブに比べて安いが、部活動の意義の一つは無償で誰でも活動できていたことだ。村上GMが語る。

「家庭環境が厳しくても、無償だから部活をやれていた子もいます。月会費を高くすると、そういう子に野球をできなくさせてしまう。だから法人で寄付を集め、奨学金のようにすることで家庭環境が厳しい子も救えないかと考えています」

川口市立高等学校附属中学校教員・川口クラブGM兼コーチ/村上淳哉氏 【©Homebase】

川口から目指す「理想」

 村上GMは2012年から3年間、ドイツのハンブルクにある日本人学校で教えていたことがある。当時、野球をしたくて加入したのがフェラインだった。

 フェラインはスポーツを媒介にした地域コミュニティのことで、ドイツには9万件以上あるとされる。総合型地域スポーツクラブのようなイメージで、子どもから大人まで各年代の選手たちがさまざまな競技を月会費を自己負担して行っている。

 川口クラブでも運営費を稼ぐべく、フェラインを参考にTシャツや応援グッズを売って地元市民に応援してもらいたいと考えているが、教員業務が忙しくてそこまで手が回らないのが現状だ。いずれ地元の人たちを巻き込んで川口クラブを地域コミュニティにしたいと掲げるが、まずは部活動の受け皿になろうとしている。

 川口出身の武田さんも、その思いは同じだ。

「野球やサッカーはクラブがあるからいいけど、そうでないスポーツは中学校の部活動がパタっとなくなったら、競技を継続していくのはかなりハードルが高くなると思います。となったら、今の中学校の部活動の分母を抱えられるくらいのスポーツクラブにしたい。せめて中学生だけでもそうしたいですね。競技によっては、上や下の世代に広がるものも出てくると思います。そうやって活動を広げていき、地元の人々にも応援してもらえるコミュニティがスポーツを通して川口でできればというのが最終目標です」

 川口クラブの挑戦は始まったばかりだ。早くっも評判を聞きつけ、さいたま市内から参加する選手も新2年生だけで20人近くいる。同市には同じような仕組みがなく、近隣の川口まで理想的な環境を求めてきているのだ。

 川口市内の中学校のソフトテニス部が川口クラブのあり方に関心を持ち、サッカー部とも話し合いを進めている。武田GMが続ける。

「サッカーと野球が組んだら大きいと思います。ソフトテニスも来年から一緒にやりたいと言ってくれていますしね。企業協賛を受けるためにも、実績が必要です。勝ち負けではなく、多くの中学生や指導者、地域の人々が関わっているという実績づくりを今、一生懸命やっているところです」

 新たなスポーツ文化の創出へ。モデルケースとなり得る川口クラブの取り組みの行方を、多くの人が注目している。

(文・中島大輔)
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