【中学野球部地域移行シリーズ 第2弾(前編)】 初心者からプロを目指す選手まで育成。川口クラブが「モデルケース」と注目される仕組みづくり

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中学校の部活動の地域移行が進められるなか、モデルケースとして県内外から注目を集めるチームがある。埼玉県川口市で活動する川口クラブだ。

 母体となっている川口市の中体連野球部は部員減少に歯止めをかけるべく、坊主強制の禁止や、市内の小学校を回って野球遊びの普及活動を実施するなどさまざまな取り組みを積極的に行ってきた。こうした一連の活動が川口クラブにつながっているという。

 川口市立芝東中学校の教員で、川口クラブのGM兼コーチを務める武田尚大さんが説明する。

川口市立芝東中学校教員・川口クラブGM兼コーチ/武田尚大氏 【©Homebase】

「最初は川口市の選抜チームをつくって地区としてまとまり、次にキューポラーズとして組織だって活動してきたことが川口クラブのもとになっています。関東近県の学校を集めて川口市内で大会を開催するなど、教員のまとまりがすごくありました。クラブ運営で一番のネックになるのは人だと思います。僕らは最初から市内の先生たちで動き、状況に合わせてあり方をチェンジしてきました。もちろん入れ替わりはあるなか、残って活動してくださる人が多いことがクラブの土台にあります」

選抜式から希望者全員参加へ

 そもそもの始まりは毎年4月に行われる埼玉県中学生野球連盟の大会に出場するため、2005年に川口市内の中学野球部から選抜チームをつくったことだった。2018年にはキューポラーズ(※川口では鋳物が盛んで溶解炉「キューポラ」が由来)を結成し、実力別にトップ、ミドル、育成と分けて市内の野球少年たちを漏れなく伸ばそうとしてきた。

 そこから大きく形を変えるきっかけは2018年3月、スポーツ庁から「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」が示されたことだった。

「学期中は、週当たり2日以上の休養日を設ける。(平日は少なくとも1日、土曜日及び日曜日(以下「週末」という。)は少なくとも1日以上を休養日とする。週末に大会参加等で活動した場合は、休養日を他の日に振り替える」

「1日の活動時間は、長くとも平日では2時間程度、学校の休業日(学期中の週末 を含む)は3時間程度とし、できるだけ短時間に、合理的でかつ効率的・効果的な活動を行う」

 ガイドラインでは上記のように書かれているが、例えば土日の活動時間が3時間になると、前後の準備やウォーミングアップを含めると練習試合を行うのも容易ではない。そうしたなか、満足のいくように野球をやりたい生徒たちの要望をどうかなえるのか。そこで2020年、川口クラブは姿を大きく変えた。川口市立高等学校附属中学校の教員で、川口クラブのGM兼コーチを務める村上淳哉さんが語る。

川口市立高等学校附属中学校教員・川口クラブGM兼コーチ/村上淳哉氏 【©Homebase】

「選手たちが野球を十分にやれる環境をつくるために、『じゃあ部活動ではなく、クラブ活動にしましょう』となりました。選抜チームがもともとあったので、そこに加入する選手を20人だったところから希望者全員にしましょうとしたのが川口クラブの大きな転換期です」

実力別に全員を育成

 川口クラブがモデルケースとして注目されるのは、市内全体でまとまって活動しているからだ。その意図を武田GMが説明する。

「例えば僕が芝東中のグラウンドを使って芝東クラブをつくることもできます。でもそういう形にすると、指導力のある先生のところには選手が集まるかもしれないけれど、そうでないところには選手がなかなか集まらなくなりますよね。その形で川口市を全部網羅できればいいですが、できなかったときには野球を充実してやれる環境がない地区の子も出てしまいます。それが嫌だったので川口全体でやろうとなりました」

 川口クラブには市内にある全26校の中学野球部が参加、川口市内の野球部員の6〜7割が所属し、毎週土日のどちらか1日に活動している。指導者はほぼ中学野球部の顧問たちで、部活とクラブ活動をうまく両立できるようにスケジュールが組まれている。

 特徴の一つは中央、東、南、北と4つの支部に分け、移動も含めて活動しやすいように分けていることだ。部員が9人に満たずに連合チームを組んでいる場合、川口クラブでも同支部に所属する。その目的を村上GMが語る。

「中学で連合チームを組んでいる場合、例えば土曜は一緒に部活動を行い、日曜は川口クラブの同じ支部で活動しています。そのほうが子どもたちのためになると思うので中体連とも連携しています。部活とクラブを接続させて、もし今後部活がどんどん縮小しても対応できるように想定しています」

 一つの中学では部員不足で単独チームをつくれず、他中学と連合チームを組むケースは全国でも増えている。その際にネックになるのが実力差だ。

 例えば片方は初心者中心で、もう一方にレベルの高い選手が多いという中学同士が連合チームを組んだ場合、「向こうの選手はいつもミスしてばかりだな……」と不平が出かねない。

 だが、川口クラブにはそうした不均衡をカバーする仕組みもある。各支部はトップ、ミドル、育成のようにレベル別にチームが分かれているので、競技力の近い選手たちが一緒にプレーできるのだ。選手たちは実力的に劣っても気兼せず、全員にとって力を伸ばしやすい環境が整っている。

 さらに、川口クラブには埼玉県クラブ選手権に出場するU15という代表チームが存在し、そこに向けて1年生が参加するU14もある。卒業生では右腕投手の大道温貴(広島)、内野手の金田優太(ロッテ)の二人がプロに巣立っているが、貪欲に上を目指せる仕組みがあるのだ

高校や大学で逆転するために

 ちなみに武田GMが監督を務めるU14は、選抜制ではなく希望制で2023年度のU14には約70人が登録した。そうした形にしたのは、同チームの監督就任を周囲から要請された武田GMが強く要望したからだった。

「セレクションで何人か選ぶというやり方を変えたくて、『下手でもいいから、やる気があるなら来てくれ』と伝えています。『君たちのピークは中学生ではない』と。たまたま中学のタイミングで成長の度合いが優れていたから選抜に入れたというのではなく、たとえ今は下手でも、高校や大学で逆転してほしい。そのために川口クラブで自信をつけてほしいんです」

 U14が希望する全員に門戸を開くのは、一つの“失敗”が教訓にある。

 以前、川口市内の顧問たちが選抜チームに入れ込んだ時期があった。20人のトップ選手を選抜し、同数の教師がグラウンドで指導していると、ある保護者から疑問を呈された。

「先生たちはたった20人の子たちのために、他の何百人という残されている子たちを放っておいて、そこに10人も20人も集まって何をしているんですか!?」

 その言葉をきっかけに、武田GMは自分たちの仕事を見つめ直した。

「選抜に入った子ではなく、残されている子たちを充実させるのが自分の仕事だと思い、何校かで合同練習を組むようになったのが今の活動のルーツです。贅沢な話ですが、川口クラブでは初心者からプロ野球選手を目指す子まで網羅したい。軟式野球は下の子たちを支えなければいけないと思いつつ、同時に勝ちながら上を目指しています。勝利至上主義はダメですが、勝たないのはもっとダメ。勝たないチームでは、子どもたちも指導者もモチベーションが上がらないので」

 川口クラブから高校進学後も野球を続ける選手たちは、中学3年夏に最後の大会を終えた後、提携を結ぶ東京江戸川ボーイズの練習に参加している。硬式への適応をいち早くするためだ。

 こうした仕組みをアップデートすべく、2024年度には川口クラブのなかに硬式チームをつくる予定だという。中3の8月で引退した選手たちが9月から翌年の3月までプレーする。

 どうすれば、満足のいくように野球をしたい中学生のニーズに応えられるか。時代の変化に応じて適切な環境を用意しているからこそ、川口クラブはモデルケースとして注目を集めている。

(文・中島大輔)

※後編に続く
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