相撲部屋付き賃貸マンションが新たな地域交流を創造!? 居住者や近隣住民に向けた朝稽古の見学会が大人気

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【写真提供:株式会社エイゼン】

リアルな人間関係の希薄化が問題視されている昨今、住人同士や地域社会との交流が自然と生まれる工夫を施したコミュニティ住宅への注目が集まっている。中でも、東京都墨田区にある複合型賃貸マンション「クリエイティブハウス文花」は、1階に入った相撲部屋が居住者や近隣住民に向けて朝稽古の見学会やちゃんこ会などを開催することでマンション独自の交流を生み出し、地域社会にユニークな存在感を発揮している。

では、こうした個性あふれる試みはどのようにして生まれることになったのか? 起案者である押尾川部屋の親方、押尾川旭氏に取り組みを始めた理由や、住人や地域社会に与えている影響などについてお話を伺った。

テレビからは伝わらない、生の迫力に満ちた朝稽古の見学会!

押尾川部屋は、元関脇の豪風(たけかぜ)だった押尾川旭氏が2022年に尾車(おぐるま)部屋から独立して、2005年に一度閉鎖した部屋を再興させた相撲部屋 【photo by Yoshio Yoshida】

こちらがクリエイティブハウス文花の全景。1〜3階に押尾川部屋が、2階と3階の一部と4〜6階にシェアハウスと賃貸物件が入居している 【写真提供:株式会社エイゼン】

両国国技館からほど近い、東武亀戸線の小村井駅から歩いて10分ほど。大正時代の古い町並みがいまだ残る、下町情緒あふれる住宅街の中を抜けると、1階の入り口に「押尾川部屋」の木彫看板を掲げたクリエイティブハウス文花が見えてくる。

大相撲の本場所が開催される奇数月以外の週末、多ければ月2回ほど、ここで開催されているのが、朝稽古の見学会だ。稽古が始まる朝8時ともなれば、10〜20名ほどの見学者で稽古場はいっぱいになる。参加しているのは、クリエイティブハウス文花の居住者や近隣で暮らす住民を中心に、日本文化を深く知ろうとする外国人観光客たちもいる。

稽古が始まると、力士たちは番付が下の順から稽古場に入り、まずは股割りやストレッチで身体をほぐす。その後は、左右それぞれの足を交互に踏み下ろす四股や土俵から足を離さず、するようにして足を動かすすり足などで足腰を鍛えていく。

迫力満点のぶつかり稽古。好角家の中には「本場所よりも相撲部屋で行われる稽古のほうが迫力がある」と言う人がいるほど 【写真提供:株式会社エイゼン】

これらの基礎練習が終わると、いよいよぶつかり稽古のスタートだ。力士同士が攻め手と受け手に分かれて、土俵際の詰めを磨き合う。飛び散る汗や激しい息づかい、鍛え上げられた身体がぶつかる迫力は想像以上で、見学者たちの表情も見る見る真剣なものへと変わっていく。

そして、厳しい稽古が終わると、部屋全体に張り詰めていた緊張は一気にほぐれ、見学者たちとの交流が始まる。普段は間近で触れ合えることの少ない力士たちとの記念撮影会や、相撲界や力士に関する素朴な疑問を聞くことができる質問コーナーなどが開催され、見学者たちは思い思いに力士や親方との交流を楽しんでいる。

押尾川親方も「朝稽古の見学を通して、相撲界が大切にしてきた伝統や文化を感じ取ってもらい、相撲に興味をもつきっかけになってくれたら嬉しい」と話す。

押尾川部屋が居住者や地域社会と積極的な交流を図る理由とは?

昨年の7月29日に開催され、大盛況のうちに幕を閉じた特別イベント「夏のちゃんこ会&屋上で隅田川花火見学会」のワンシーン。花火鑑賞はクリエイティブハウス文花の屋上に観覧席を用意して行われた 【写真提供:株式会社エイゼン】

押尾川部屋では、こうした朝稽古の見学以外にも、力士たちと部屋自慢の特製鍋を共にする「ちゃんこ会」や力士たちに赤ちゃんを抱っこしてもらって記念撮影を行う「赤ちゃん抱っこ体験会」なども開催し、居住者や地域社会との交流を積極的に図っている。

昨年の7月には、実に4年ぶりの開催となった隅田川花火大会をちゃんこ会と合わせて楽しんでもらおうと、居住者と押尾川部屋の後援会の入会者を対象にした独自のイベントも開催した。なかなか味わうことのできない体験を満喫した参加者たちからは「来年もぜひ開催してほしい」との声が数多く集まったという。

では、押尾川部屋では、どうしてこのようなユニークな取り組みを行うことになったのだろうか。その理由を紐解くと、押尾川親方の現役時代を支えた地元、秋田県との関係性が見えてきた。

土俵の中は厳しく、それ以外ではチームワークのある部屋づくりを目指す押尾川親方。故郷の秋田県では、自身が応援大使を務める大潟村に部屋の後援会も設立されている 【photo by Yoshio Yoshida】

「私が長い期間、現役の力士を続けてこれたのは、故郷である秋田県の方たちの応援があったからなんです。きっかけは、地元の方から依頼された慰問活動でした。当時は現役中だったこともあり、相撲のことで頭がいっぱいで、正直、そうした活動に時間を割くのは煩わしいと思ってしまったところもあったんです。しかし、いざ足を運んでみると、皆さん、『ありがとう!ありがとう!』ととても喜んでくれ、『今度はうちにも顔出してね』と手厚くもてなしてくださいました。スケジュールもびっしり組まれていて大変だったんですが、皆さんの喜ぶお顔に笑みを漏らす自分がいました」(押尾川親方)

そして、こうした活動を続けるうちに、地元の方たちの感謝は自身への声援へと変わり、みんなが「がんばれ!がんばれ!」と応援してくれるようになったという。

「勝ち越して帰ったときなんかは、まるで優勝したかのようなお祝いぶりなんですよ(笑)。三賞を獲ったときの皆さんからの祝福ぶりは、今でも忘れられません。そんな風に温かく迎え入れていただくと、自分の意識も次第に変わっていき、『地元に帰るなら、絶対に勝ち越した姿を見てもらいたい』と強く思うようになっていきました。実際に勝ち越して帰ることができたときには、えも言われぬ達成感やワクワク感がありましたね」(押尾川親方)

「地元の応援は、現役時代の自分にものすごいエネルギーや活力を与えてくれた」と語る押尾川親方。その甲斐あって、親方は17年もの現役生活の中で、大卒力士では史上最多の幕内在位86場所、幕内出場1257回、史上最年長初金星の獲得や戦後最年長での新関脇昇進などの記録を打ち立て、相撲史にその名を残した。

「だから、自分で相撲部屋を開くときには、地元の人たちに応援してもらえる存在になりたいと思いました。自分が地元の秋田県で味わった感覚を所属する力士たちにも味わってもらい、自身の活力にしてほしいと思ったんです」(押尾川親方)

地元の商店街も盛り上げ、地域一体となって部屋を応援するムードに

株式会社エイゼンの片桐拓弥社長。エイゼンではクリエイティブハウス文花以外にも、この地域でシェアハウスやフィットネスジムといった物件を展開している 【photo by Yoshio Yoshida】

事実、押尾川部屋の交流活動は居住者や地域社会からも好評を博している。クリエイティブハウス文花を管理している不動産会社、株式会社エイゼンの片桐拓弥社長はその様子を次のように話す。

「近隣に2つの大学があるので、当初は学生の入居者を想定していたのですが、『1階に相撲部屋のあるマンションがある』という投稿がSNSで話題になったこともあり、相撲好きの方たちの入居も進みました。そういった方たちは朝稽古が見学できることをとても喜んでくださっており、テレビからは伝わらない生の相撲の迫力にとても満足していただいているようです。そうではない学生の方たちも入居者向けの交流会を通じて同世代の力士と親睦を深めたことで、普段の生活では得られない良い刺激を受けることができ、相撲に対する興味もとても高まったとおっしゃっていました」(片桐社長)

また、地域社会との交流では、先ほど紹介した朝稽古の申し込み方法からも部屋が大事にしている地元愛を感じ取ることができる。インターネットを通じて申し込みを行う際、毎回違う合言葉を入力しなければならない仕組みになっているのだが、それらを部屋の近隣に貼ってあるポスターに掲示する仕掛けにすることで、地域の方たちが優先して予約しやすい体制を整えている。

部屋の近隣に貼られている朝稽古見学会のポスター。募集が始まると、白い空白となっているところに合言葉が掲示される 【photo by Yoshio Yoshida】

「それ以外にも、押尾川親方と所属力士の天風さんが地元のキラキラ橘商店街にある飲食店を食べ歩く様子をTikTokやYouTubeで配信しているんですが、こちらも好評です。昨年末に開催された部屋の忘年会では、この配信で紹介させてもらったお店の料理を提供したこともあって、地元の商店街との結びつきも強まりました。なかには、押尾川部屋に所属する行司さんのサインを飾っているお店もあるくらいです」(片桐社長)

地元の喫茶店で名物のしょうが焼きをいただく親方と力士の二人 【(押尾川部屋youtubeチャンネルより)】

こうした交流は、地域一体となって押尾川部屋を応援しようというムードを醸成しつつあると片桐社長は語る。

住人と力士たちがお互い刺激を与え合える“成長の場”になれたら

【photo by Yoshio Yoshida】

そして、押尾川親方は、学生や社会人、外国人留学生といったさまざまな人たちと同じ屋根の下で暮らすという多様な環境が「力士たちにもいい影響を与えてくれれば」と続ける。

「親元から離れて相撲部屋に住み込み、厳しい勝負の世界で生きる力士は、どうしても視野や人間関係が狭くなりがちです。でも、同じマンション内に境遇は違えど、切磋琢磨している同世代の住人がいて、彼ら彼女らと交流を深めることができれば、相撲以外からの刺激も受けられるようになると思うんです。例えば、『自分はものすごく頑張っていたつもりだけど、違う世界でも同じように頑張っている人がいるんだ』という事実を知れれば、お互いに自分の視野を広げて成長する機会を得られるはずですから」(押尾川親方)

親方自身も大学時代にスポーツ寮で暮らし、相撲部以外の部員たちと交流を図ったことが今につながっているという。事実、クリエイティブハウス文花の建設を手がけた建設会社の社長は、大学時代に寮生活を共にした柔道部の仲間であり、こうした関係性が社会に出てからの親方を支えてくれたそうだ。

最後に「今後も一つの型にハマることなく、いろいろな交流に挑戦していきたい」と将来に向けた展望を語ってくれた押尾川親方。昨年の10月には地元の信用金庫の実業団バレーボールチームとも交流会も開催し、力士たちに別の競技や別の性別のスポーツ選手からの刺激を与えるなど、その挑戦の芽は着実に息吹きつつある。

相撲部屋を拠点に、住人や地域住民の方たちと新たな交流を生み出し、地域に新たな活力を与えている押尾川部屋とクリエイティブハウス文花。野球やサッカーのチームのように地域と一丸となってホームタウンを盛り上げる、そんな新しい相撲部屋のあり方を提示する先駆けとなることを期待したい。

text by Jun Takayanagi(Parasapo Lab)
photo by Yoshio Yoshida
写真提供:株式会社エイゼン

※本記事はパラサポWEBに2024年3月に掲載されたものです。
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