【BCC/野球指導者講習会レポート】 選手が試合で最高のパフォーマンスを発揮するために、指導者に知ってほしい「予防・コンディショニング」(前編)

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 全日本野球協会が主催する2023年度の野球指導者講習会が1月20・21日、オンラインで実施された。今回はその中から日本体育大学准教授で全日本野球協会選手強化委員会医科学部会副部会長を務める河野徳良氏による「予防・コンディショニング」の模様をレポートする。

「コンディション」と「コンディショニング」

 河野氏は冒頭で、講義の目的は「選手をケガから守ること」と「コンディショニングを発揮するためにどんなことに気をつければ良いのか」の2点だと説明した。

 その上で最初に取り上げたのが「コンディション」と「コンディショニング」の違いだ。いずれもスポーツの現場で日常的に使われるが、競技種目やアスリート、コーチ、ドクターなど立場の違いによって、両者の使われ方や認識は異なるのが実情だろう。河野氏は「共通認識が必要」と語り、詳しく説明した。

 コンディションとはピークパフォーマンスの発揮に必要なすべての要因で、刻々と変化していくものだ。

 例えば投手が肩を痛めているとして、「今日は痛くないから、コンディションがいい」というように使われる。前の日は痛みを感じたものの、今日になったら痛みがなくなっていたなど、コンディションは瞬間的に変化していくものだ。

 対してコンディショニングは、「目標を達成するために計画的に行われたすべての準備やプロセスを意味する」と河野氏は説明した。栄養、休養、運動という3要素を目標に向けて計画的に実施し、本番で良いパフォーマンスが発揮できた場合、はじめて「コンディショニングが成功した」と言える。

 つまり、コンディションを本番に合わせて整えていくことがコンディショニングだ。

コンディショニングの目的、要素、崩れる原因

コンディショニングの目的は以下の2点に大きく分けられる。
(1)パフォーマンスの向上(競技力の向上)
(2)傷害の予防

 コンディショニングの要素は3つある。
(1)身体的要素
→筋力、柔軟性(タイトネス、関節弛緩性)、関節不安定性、アライメント(動的、静的)、身体組成、(体脂肪、除脂肪体重、体水分量、骨密度)、神経系(バランス、神経筋協調性)、代謝系(無酸素性、解糖系、有酸素系)、技術(スキル、フォーム、動作)、免疫学的、オーバートレーニングなど
(2)環境的要素
→暑熱・寒冷環境、高所順化、時差対策、機内対策(航空医学)、食生活、用具(ウェア、シューズ)、器具、施設、サーフェース(床面)、睡眠など
(3)心因的要素
→対人関係、ストレス

 以上のようにコンディショニングには多くの要因が関わるため、うまく行うのは容易ではない。河野氏によれば、オリンピックで自己最高記録を出せる選手は20%程度だという。

 では、コンディショニングが崩れる要因はどこにあるのか。選手が持てる力を発揮できていない場合、指導者は理由を突き止めなければならない。

 河野氏によると、「コンディショニングの失敗は同じミスを繰り返すことが多い」。

 例えば、ブルペンではいい球を投げているものの、試合でマウンドに登ると思うように投げられなくなるケースだ。その原因は技術的な部分にあるのか、あるいは心理的な要因か。うまくいかない理由を解明できれば、その投手は大きく飛躍する可能性もある。だからこそ、河野氏は以下のように語った。

「同じミスを繰り返すことが多いというのは、むしろチャンスです。なぜコンディショニングが失敗したのか。同じミスの理由が何か。指導者はしっかり捉える必要がある」

 河野氏は、コンディションを崩す要因は大きく2つあると挙げた。
(1)トレーニング(練習)
「新しいトレーニングメニューを入れたら体は反応するので、それによって『体調が悪い』『どこか痛い』という人が増えた場合、これは無理があるんだと、指導者は練習メニューの振り返りが必要だと思います」
(2)ストレス   
「特に成長期や女子のプレーヤーを見ている指導者は、ちょっとした人間関係の変化を見ることも必要だと思います」

成長期ならではの特徴

 次は成長期の選手と女子プレーヤーについて、河野氏は指導者の留意点を説明した。

 まず成長期の選手に関して知るべきは、各種体力の向上にはそれぞれ適した時期があるということだ。各種体力とは、動作の習得(調整力)、身長、ねばり強さ(持久力)、力強さ(筋力)である。

 河野氏は、「(各種体力の向上は)年齢ごとにピークが変わるので、指導者は今、何を伸ばすかを考えていけばいいと思います」と語った。

 講義では、年齢ごとのポイントについて以下の説明がされた。
・11歳以下:いろいろな動作に挑戦し、スマートな身のこなしを獲得する(脳・神経系)
・12〜14歳:軽い負荷で持続的な運動を実践し、スマートな動作を長続きさせる能力を身につける(呼吸・循環系)
・15〜18歳:負荷を増大させ、スマートな動作を長続きさせるとともに力強さを身につける(筋ー骨格系)
・19歳以上:身体動作を十分に発達させた上に、試合の駆け引きを身につけ、最高の能力を発揮できるようにする

 成長期の選手には特有の特徴がある。河野氏は「中学に入る前の成長期にこそ、筋力、持久力ではなく脳・神経系を活かした野球に必要な動作の習得を徹底的に鍛える必要がある」と話した。

 つまり、指導者は野球の正しい動きの理解・観察・指導が必要になるということだ。

成長期=発育途中

 成長中の子どもは骨が発育途中であり、ケガをする際に大人とは異なる理由がある。特に、骨の成長に関係する骨端線部の障害が多いことが特徴だ。



 河野氏は成長期の特徴として以下の4点を説明した。
(1)骨が柔らかい(若木がぐしゃっと曲がるような骨折=若木骨折)
(2)治癒力が高い(変形したまま放置すると機能障害が残存)→だからこそ、正しい応急処置をする必要がある
(3)骨端線(成長線)が存在する(力学的負荷に弱い)
(4)柔軟性が低下する(骨と筋の成長がアンバランス)

 河野氏は以上の説明をした上で、「身体が大きな子どもは大人と同じではなく成長段階と、指導者は理解していただいきたいと思います」と話した。

女性プレーヤーの特徴

 次は女性プレーヤーの特徴について。

 思春期以降、男性は性ホルモンの関係で筋量が増加して筋パワーが高まる一方、女性は体脂肪量、体脂肪率の増加で体重移動を伴う運動においてパフォーマンスの低下を引き起こすという点が挙げられる。

 運動器(骨、関節、筋肉)における女性プレーヤーの特徴について、以下の説明がされた。
・骨盤が男性と比較し幅が広い
・下肢アライメントではX脚が多い ※Q-Angleが大きい
・関節弛緩性が男性と比較し多い
・筋力は男性の60~70%程度
※Q-Angleは、膝蓋骨の中央点より上前腸骨棘および脛骨粗面に引いた2本の線のなす角

 指導者が留意すべきは、女性アスリートにパフォーマンスを発揮させるために極端な運動を指導することで、FATの問題が起こる可能性が高まるということだ。FATはFemale Athlete Triadの略で、「女性アスリートの三主徴」と言われる。女性アスリートは激しい運動を続けていると、(1)エネルギー不足(2)無月経(3) 骨粗しょう症になるケースがある。

 河野氏はスライドを使って以下の説明をした。
(1) 低エナジー・アベイラビリティー
→1日の総エネルギー摂取量から運動中のエネルギー消費量を引いた値を徐脂肪量で除して求め、30kcal/kg未満になると代謝やホルモン機能に異常をきたす
(2)機能性視床下部性無月経
→初経を経験後、視床下部一下垂体系の異常によるもの
 河野氏は月経と体脂肪の関係について、「脂肪率が3%を切ると、月経がなくなってしまうというデータも出ています」と語り、「体脂肪率の低い女子のマラソン選手が疲労骨折というのはよく聞く話」と続けた。
(3)骨粗しょう症
→長期の無月経によりエストロゲン(卵胞ホルモン)が低下し骨への影響(疲労骨折など)を誘発

 河野氏は、「無月経と骨粗しょう症は関係してくるので、女性のプレーヤーを見ている方は気をつけていただきたい」と話した。

 また、女性プレーヤーの精神面の特徴に関して以下の説明がされた。
・計画性、知的興味、勝利志向性、闘志、精神的強靭さ、情緒的安定性などが男性よりも低く、競技不安、コーチ受容性が高い
・試合に勝ったときに、やる気の高まりは明らかに男性が高く、指導者、親、仲間など他者から励まされたり認められたときに女性はやる気の高まりがある(杉原隆:日本オリンピック委員会スポーツ医・科学報告書1991)

 以上を踏まえ、河野氏は「同じチームの中であっても、女性のプレーヤーと男性のプレーヤーで言葉がけを変える必要がある」と語った。

Q-Angleと関節弛緩性

 次は、先述されたQ-Angleについて。改めて説明すると、「膝蓋骨の中央点より上前腸骨棘および脛骨粗面に引いた2本の線のなす角」のことだ。

 男性に比べて女性は骨盤が横に大きいため、膝のケガを起こしやすいとされる。

 さらに、女性は男性と比べて関節弛緩性を有する場合が多く、スポーツ外傷の発生リスクが高い。

 関節弛緩性とリスクには以下がある。
・肩関節:肩関節脱臼
・肘関節(過進展):肘内側側副靱帯損傷
・膝関節(過進展):前十字靭帯損傷、膝蓋骨脱臼
・足関節:捻挫

 河野氏は、「女子選手は予防、リスクマネージメントの観点から全身関節弛緩性テストは必須」と話した。

 全身関節弛緩性テストには以下がある。
<6大関節+脊柱を加えた7項>
(1)手関節
(2)肘
(3)肩
(4)膝
(5)足関節
(1-5は左右)
(6)脊柱
(7)股関節

 河野氏は以上を示した上で、「(全身関節弛緩性テストを行うことで)どこが関節として柔らかすぎるのか、関節が弱いのかとわかることになるので、ケガの予防につなげていただければと思います」と話した。
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