箱根路を駆ける、それぞれの思い

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チーム・協会
 10月14日(土)、東京・立川市で行われた第100回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)の予選会。記念大会として全国の大学に門戸が開放され、関東以外の11校も含めた57校が参戦し、13枚の本戦出場切符を賭けて白熱の戦いが繰り広げられた。その中で日本大学陸上競技部特別長距離部門の選手たちは、出走した12名がチーム一丸の力走を見せ、総合5位の好成績で96回大会以来4年ぶりとなる本戦出場権を獲得した。熾烈な予選会を見事に突破した選手たちと新雅弘監督に、名門復活の背景と本戦に向けた思いを聞いた。

(2023年10月取材)

下尾主将と新監督 【日本大学】

「第5位。日本大学」−その瞬間、会場がどよめいた。整列して発表のアナウンスを聞いていた選手たちは歓喜の声を挙げ、メンバー外の部員たちや関係者も、みな笑顔につつまれた。

「名前が呼ばれるまで突破できるかどうかわかりませんでしたから、5位と聞いてびっくりしました。まず一番は、ほっとしましたね」と、その時の心境を語る新監督。レース途中での順位はテレビ中継で表示される情報を電話連絡を受けて聞いていたが「13位前後ぐらいかな」と思っていたという。その予想はいい意味で裏切られ、上位10名の合計タイムは10時間36分54秒で堂々の総合5位。13位に終わった昨年よりも約15分もタイムを短縮した。「シャドラックの3分と選手1人1分で考えていた」という新監督も「みんなよく頑張ったと思います。100点満点で120点の走りですよ」と称賛。「箱根駅伝に出たいという気持ちが全体の中で5番目に強かった、その表れだと思いますね」と笑顔で予選会の戦いを振り返った。

自衛隊立川駐屯地内を走る日大のランナーたち。 【共同通信社】

 各チーム最大12名がハーフマラソン(21.0975km)を走り、上位10名の合計タイムで競う予選会。新監督からずっと「他の大学に比べたらプレッシャーはないのだから、挑戦者の気持ちで思い切って走れ」と言われてきた選手たちが、自衛隊立川駐屯地内の滑走路に設けられたスタートラインに立った。

 午前9時35分、号砲と共に57校665名の選手たちがスタートすると、すぐに各校の留学生ランナーたちが先頭グループを形成してレースを引っ張っていく。その中には1年生ながら本学のエースでもあるシャドラック・キップケメイ選手(文理・ケニア)もいた。

「1番を獲ってきなさいと言われてました」というキップケメイ選手は、立川市街に出てからも長いストライドを活かした軽快な走りで好位置をキープ。すると8km過ぎ、キップケメイ選手が「意識していた」という東京国際大のR・エティーリ選手がアクシデントで先頭集団から離脱した。9月の日本インカレで10000mを制した注目のランナーだったが、その種目で2位だったのがキップケメイ選手であり、「彼はとても速いのですが、予選会でリベンジするつもりでした」と、心に期するものがあった。その後も快調なペースでラップを刻むキップケメイ選手は、やがて集団を抜け出して先頭を走り続けていった。

 後続はフリーで走った副主将の西村翔太選手(文理・4年)が第2集団につき、その後方から主将の下尾悠真選手(文理・4年)らが牽引する10名が集団走で追いかけていく。「事前のプラン通りのペースでしたが、5km地点・10km地点での通過順位が思ったより低かったので、少し焦りもありました。しかし、公園内に入ってから勝負できると思っていたので、落ち着いて今のペースで行こうってメンバーに話をしていました」

「1番を獲る、その思いだけで走っていた」というキップケメイ選手。「大会と関係者の方々への敬意を示したかった」と、敬礼ポーズをしながらフィニッシュした。 【共同通信社】

 レース終盤、国営昭和記念公園に入ってからがいよいよ本当の勝負所。15km過ぎから細かいアップダウンが続くタフなコースに、選手たちの体力が削られていく。しかし、キップケメイ選手は17.4kmの折り返し地点で2位の選手を振り切ると、最後は3位から猛然と追い上げてきた日本薬科大のD・キプルト選手との激しいつばぜり合いを制し、見事全体1位(1時間0分16秒)でゴールを駆け抜けた。

 さらに「63分半ばを目標としていた」という西村選手が、63分18秒でフィニッシュ(56位)。15km過ぎから個々にペースを上げていった集団走の選手たちも、63分54秒で99位に入った鈴木孔士選手(法・2年)に続き、あとの9人全員が64分台のタイムで走り切った。

不安そうな表情で結果発表を待つ選手たち。 【共同通信社】

 レース直後に「みんなしっかりまとめてきたな、頑張ったな」とメンバーに声を掛けたという下尾主将。マネージャーのタイム集計を聞いて予選突破は大丈夫だと思っていたというが、「5位とは、ちょっと驚きました」。また「できすぎなくらい」という西村選手は、「チーム全員が『予選通過するぞ』と強く心に持っていましたし、自分たちの力通りの走りができたんじゃないかと思います」と胸を張った。

全員で襷をつないでいきたい。

小学6年生の時にテレビで見た箱根駅伝。「その時からずっと目標にしてきた憧れの舞台。できれば1区を走りたい」と話す下尾主将。 【日本大学】

 昨秋、4年生が引退して新チームとなる際、下尾選手と西村選手は、どちらが主将になるかを2人で話し合ったという。自らをより厳しい立場に置くために下尾選手は「主将をやらせてほしい」と訴え、西村選手はその気持ちを汲んで、副主将としてサポートしていくことを決めた。

 主将としての責任感を持って部員たちを引っ張ってきた下尾選手。やがて新監督が来てチームの雰囲気が変わりはじめると、「3年間、選手だけで練習することも多かったのですが、新監督がいらしてしっかり指導していただけるようになり、選手としては全部を吸収したいという気持ちでやってきました」と自身の考え方も変わっていった。「練習メニューはもちろん、生活面で指導されたことも、全員が受け入れてやってきました。中高生でもできるようなことを自分たちができていなかったので、その見直しはすぐできました」と話し、「それでもできていない選手がいれば、次は同じことをしないように自分が注意してきました。自分の話を素直に聞いてくれたのでやりやすかったし、うれしかった。指導するからには自分がしっかりしなきゃいけないので、生活面でも当たり前のことを当たり前にするということは常に意識していました」。

 その姿を間近で見ていた西村選手は言う。「この1年、下尾はすごい頼もしかった。安定感が増したのも、自分に主将というプレッシャーを与え続けて、下級生にその姿を見せていたからなのかなと思います。本当によくチームを引っ張ってくれたなと感謝しています」

 レースでは16kmあたりまで集団走の中でメンバーを鼓舞し続けた下尾主将。「少し余裕が持てた」という後半の5kmはペースを上げて走ることができたと言い、最後は「後ろから来ているとは思わなかった」という久保昇陽選手(法・4年)と共に、1時間4分04秒の同タイムでフィニッシュ。ハーフマラソンの自己ベストを1分以上更新した。

「予選通過できるぐらいの練習はしっかり積めていたので、あまり不安もなく、自信を持ってレースに臨めました。思っていた通りの結果を出せて、今はほっとしています」

 2ヶ月後に迫った本戦に向けては、「主将が練習を外れたりするとチームの士気も下がってしまうと思うので、怪我や体調面で離脱しないように注意して、練習に取り組んでいきたい」。そして「苦しくて辛い4年間でしたが、最後に出場切符をつかむことができ、充実した思いもあります。繰り上げスタートにならないよう、全員でしっかり襷をつないでいきたいと思います」と、力強く誓った。

感謝の気持ちを伝えるために走る。

「もう1区しか見てません」と話す西村選手は、卒業後も実業団で競技を続ける予定。本戦を走れるなら「シード校の選手たちと、どれくらい差があるのかを体感して、次の競技生活につなげていきたい」。 【日本大学】

 西村選手は、キップケメイ選手と共にフリーで走りタイムを稼ぐ役割だった。「レース中は後ろの状況はわかりませんでしたが、集団走がしっかり機能していたことが予選通過の要因だと思います。他校を見ても、やはり予選会を通過するにはチームの力、集団走の力が大切なのかなと思いました」

 自己ベストは2月の丸亀ハーフマラソンで出した62分53秒だったが、予選会のアップダウンが激しいコースでは「63分半で走れたら充分かな」と思っていたという。63分18秒という結果に「自分の力をうまく発揮できたのかなと思います」と納得する一方で、「個人順位が56位だったので、他校のエースたちとの差を感じますし、本戦を走るにはまだまだ力不足。力を付けていかないと、彼らと勝負できない」と実感したという。

 この3年間、自分なりにしっかり練習を重ねてきたつもりだったが、新監督が作るメニューに取り組み、「今までの自分は全然走っていなかった。練習量が全然足りてなかった」と気づいた。「練習量がとにかく多くなりました。でも、そういう泥臭さや走った距離というものが、今回の結果はもちろん、スタートラインに立つ時の自信になったんじゃないかなと思います」

 2ヶ月後に迎える最初で最後の箱根駅伝。「箱根を走るという夢のために、わざわざ上京してここまでやってきました。3年間結果を出せずにいても応援してくれた人だったり、高校時代の先生や家族だったり、そういう方々への恩返しの場所だと思うので、感謝の気持ちを伝えるためにもしっかり走らなければならない。大学での陸上競技生活の集大成としても、しっかりいい姿を見せられたらなと思っています」

箱根駅伝を走るという夢を叶えたい。

「箱根駅伝は父親といっしょに追いかける夢のひとつ。本戦を走って夢を叶えたい」という鈴木選手。「上りは自信があるので、5区を走ってみたい」と意欲を語った。 【日本大学】

 2年生の鈴木孔士選手もまた、感謝の気持ちを持って箱根路に挑みたいと話す。「授業があって全体練習にあまり出られない自分のために、練習できる環境を整えてくれた日大OBの方、授業に出れない時に嫌な顔をせず助けてくれる友人たち、そしてさまざまな面で支援してくれる両親など、いろんな人が支えてくれたからこそ今があると思っているので、そういう人たちに恩返しできるような走りがしたいですね」

 予選会を走るメンバーに選ばれた時は「喜びもありましたし、責任感も感じました」と言い、「走っている時は、きつさより楽しさが優っていて、走り終わった後は箱根駅伝という夢に挑めるチャンスをつかむことができてよかったなという気持ちでした」と振り返る。

 レースでは集団走の前方で走りながら、余裕があったのでペースを上げていったが、18km付近で沿道にいるチームメイトから現在順位を聞き、その低さに「このままでは通過できるかどうか危ない」と不安になったという。自分でタイムを稼ごうと、そこから一気にスパートかけた結果、チームで3番目となる63分台のタイムを記録。20km地点からゴールまでは、総合1位となったキップケメイ選手とわずか3秒差の3分10秒というスピードだった。「自分としては、まあまあいいタイムで走れたなと思いますが、昨年このタイムで走っていたら総合44位だったところ、今回は99位なので、他の選手たちも速くなっている。これから学年が上がってステップアップしていく中で、他大学の主力選手と戦っていくには自分の力がまだ足りていないので、これから力を付けて差を縮めていきたいと思います」

 予選会のラストで見せた快走のように、「アップダウンの多いコースには自信がある」と話す鈴木選手。「今回は結果もしっかりついてきたので、もっと自信を持って臨めると思います」と、箱根路を見据えて練習に取り組んでいく。「自分が走りたい区間のイメージはある程度できているので、これからの練習の中で活かしていきたい」と話し、「本戦でまたいい結果が残せるように頑張っていきます」と目を輝かせた。

日々成長する姿を見ているのが楽しい。

 全国屈指の高校駅伝強豪校を育てた名将と知られる新監督が、本学陸上競技部特別長距離部門の監督に就任したのは今年5月のこと。かつて箱根駅伝を走ったOBとして日大チームの低迷を歯がゆく思っていたが、高校教員の定年退職を機に長らく指導者不在の時期が続いていたチームの立て直しを託されることになった。それからわずか5ヶ月で、チームを箱根駅伝のスタートラインに導くことになったが、そこにたどりつくまでの道のりは、決して平坦なものではなかった。

今年5月に日本大学陸上競技部特別長距離部門監督にした新雅弘監督 【日本大学】

−監督就任後、初めて選手たちと接した時の印象は?

 正直、びっくりですよ。高校生より考え方も行動もレベルが低かった。「箱根に出たい」と言っているけれど、本当にそういう気持ちがあるんだろうかって思いました。だから最初のミーティングの時に、選手たちに「箱根を走りたい、出たいではなく、出る!っていう気持ちで練習しろ」と話をしたんです。


−ちょっと苦労するなという感じでしたか?

 最初はどうなるかなと思いましたが、一方では何とかなるかなという思いもありました。高校指導者の時でも、そんなに強い選手を預かってやってきたわけじゃないので、そのノウハウがありましたから。生活面からいろいろ、毎日のように小言を言ってきました。最初は集合5分前ができなかったし、練習前の体操もバラバラ。しかも、その号令を1年生が掛けてる。なんで引っ張っていく立場の4年生が前で号令を掛けないんだって。練習の時や雨の日の服装についてもそうですし、練習後にしゃべってだらだらしているとか、無駄な時間、無駄な行動が多かった。あとは部屋のスリッパを反対に揃えていないとか、本当にしょうがないところからです。


−この5ヶ月間で選手たちの変化も感じられた?

 選手たちが文句ひとつ言わず、私を信じてついて来てくれたというのがわかります。夏休みの5日間ほど以外は終日フリーがなく、1日1回は集合させて、合同で練習をやっています。しんどいと思いますが、彼らも私のことを知っているから、不安はありつつも「ついて行けば、なんとかなるんじゃないか」っていう気持ちがあったと思います。


−監督ご自身も気持ちの変化はありましたか?

 私はいつもプラス思考なので、来た時は全然ダメでしたが、これからは上に行くしかないって思いました。真っ白な状態からちょっとずつ進めていくような感じでしたが、日々選手たちは成長していくので、毎日の練習を見ているのが本当に楽しいなって感じています。選手へ何か言う時も、高校ではババッと叱っていましたが、大学生にはそんな言い方はしません。やっぱり自主性がないとダメですから、自分で考えて行動しないといけない。私が叱ってやらせるようなチームなら、それで終わりです。そういうことがなかったからここまで伸びてきたんです。以前の私を知っている高校の卒業生には「先生、180度変わりましたね。信じられません」って言われましたけどね(笑)。


−夏合宿では25kmの集団走に時間を割いたそうですが?

 徹底的に走り込みをしましたから、選手たちも距離に対する自信がついたんじゃないかと思います。他大学は30km走を何回やったとか言いますが、うちはそこまで体ができていないので、集団走で離れそうで離れないペースで行けるように、25kmで止めました。今の選手のレベルではあと5km走るのは無駄になると思っています。ただ、夏合宿後にはみんな体がすごい絞れて、強くなったなあっていう体になっていたので、ちょっとびっくりしました。


−予選会を走るメンバーを選ぶ基準はどこでしたか?

 練習ですね。オールラウンドの練習ができているかどうかといった過程を見ているので、タイム的なことは一切考慮していません。ふだんの生活、練習、そのトータルで選手を選ぶので、いくら強くてもいい加減な生活をしていたらダメ。絶対ポカをしてブレーキになりますからね。結局、コツコツ頑張って練習した選手が残ったということです。


−選手選考は難しかったですか?

 予選を走る12人を選ぶのが本当に大変でした。ふつうなら2日前くらいに言いますけど、みんな誰が走ってもいい状態だったので、当日の体調を聞いてから決めようと思って、予選会の日の朝、会場の駐車場について、バスを降りる時に発表しました。誰を使っても絶対に走ると思ったので、本当に悩みに悩みましたし、むしろそれが有難いくらいですよ。しかも12人全員がちゃんと、期待を裏切らずに63分・64分台で走りましたからね。


−レース前、選手たちにはどんなことを話したのですか?

 ふだんから「負けてもともと、守るものがないから」って言っていますし、気楽にスタートラインに立って、いつもの練習通り、リラックスして平常心で走るように言いました。初めからどん底だった我々は失うものがないからってね。それでも、自分で自分にプレッシャーをかけてしまうような選手も多くいましてね。「なんで自分にプレッシャーかけるんだ?」って、そういうことは言いました。


−レースの展開としてはイメージ通りでしたか?

 2人がフリーで走って、あとの10人は15kmまで集団走。15km過ぎたら、そこから徐々に上げていき、一気に上げないようにビルドアップしていくという作戦でした。そこを選手たちがよく理解して走ってくれたと思います。途中の順位はあまり気にしませんでしたが、15kmで17番目(予選通過ラインの13位と33秒差)だったり、17km過ぎでは12番目だったりして、まずいかなと思うこともありましたけれど、集団走もいいペースを作れていたので、最後まで崩れずに行ってくれるんじゃないかという期待はありました。


−キップケメイ選手のタイムの貯金も大きかったと思いますが?

 大きいことは確かですが、それよりも日本人の選手たちの出来が良かったと思います。いくら強い留学生選手がいても、日本人選手が良くなかったら勝てません。だから、日本人選手の強化というのはずっと頭にありました。ただ、うちの日本人選手は、関東インカレに選ばれた者と全日本大学駅伝の予選会を走った者以外、記録会や試合に1回も出していません。だから他校からすれば日大がどれだけのレベルなのか、さっぱりわからなかったと思います。


−改めて、予選会通過を果たすことができた要因は何でしょうか?

 選手たちのやる気と団結力ですね。この5ヶ月間、選手たちがみんな一生懸命に努力して、コツコツ真面目に練習してきたことがいい結果に結びついた。それは神様がご褒美をくれたんだと思っています。4年生は最後のワンチャンスをいい形にすることができたし、まだ本番は終わっていませんが、彼らも夢を叶えて日本大学を卒業できるわけで、その手伝いをできたことが私にとっても一番良かったなという思いです。


−本戦に向けて、これからの課題は?

 本戦のコースはアップダウンがあったり、山登り・山下りがありますから、これからの練習を通じて各区間のコースに適正のある選手をいかに見つけ出すかっていうところです。しかも、今度は一人で走らないといけないですから、やっぱり精神的に強いかどうか、孤独に耐えられるかどうかもポイントです。


−本戦を走るメンバーの選考も悩みそうですか?

 2区はほぼ決まっていますが、それ以外はフリーです。予選会の次の日の朝、選手たちには「全員に走るチャンスがあるから」と言いましたし、みんな狙ってますからチームとしては一段と強くなると思います。メンバーが替わるようなチームじゃないと進歩がない。最後の最後まで誰を使うか悩めることは幸せなことだし、それはチームが強くなっている証明です。もし早い時期にメンバーが決まるようなら、もうそこまでのチームです。

「選手たちの頑張りが、私を違う立場で箱根に連れて行ってくれました」と笑う新監督。 【日本大学】

−目標としてはシード権の獲得(10位以内)というところ?

 いや、それはおこがましいですよ(笑)。シード校はどこも速いので差が広がるだろうから、「とにかく繰り上げスタートにならないように、頑張ろうな」って選手たちに言っています。私も高校駅伝は熟知していますが、大学駅伝は本当に素人ですし、手探り状態でやっているので、今年勝負を賭けるようなチームじゃありません。


−選手たちに伸び伸び走ってほしいということですね?

 そうです。選手たちも「やれるんじゃないか」という気持ちが湧いてきたと思いますが、今から「シード権を獲れ」とか言うと、またそれがプレッシャーになる。でもうちのチームにプレッシャーは必要ないですから。とにかく当日、途中棄権などなく、無事に襷をつないで走るだけでいい。繰り上げスタートにならなかったら100点満点だと思っています。


−「箱根駅伝」に出場することをどう感じていますか?

 多くの方々から「よかったね」と言っていただき、応援の声も増えています。選手たちが頑張って走る姿を見せることによって、関係者をはじめ日大ファミリーの皆さんも喜んでくれる、それが一番だと思います。今回は、私としても選手といっしょで初めての経験ですから、ダメで元々、プレッシャーも何もありません。次につなげる経験を得るために走るだけなので、結果について全然考えていません。これで終わりじゃない、これからが始りだと思っていますから。

箱根路で4年ぶりにピンクの襷が駆け抜ける 【日本大学】

 新春の箱根路を、4年ぶりにピンクの襷が駆け抜ける。

 選手たちの思い、指導者の思い、OBや関係者の思い、全国の校友の思いを乗せて、大手町から芦ノ湖へ。そして芦ノ湖から大手町へ。「信頼できる仲間たちと共にベストを尽くす」(キップケメイ選手)と、往復217.1kmに挑む10人のランナーたち、そして彼らを支えるチームメイトはじめすべての人たちに、エールを贈ろう。



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著者プロフィール

日本大学は「日本大学競技スポーツ宣言」を競技部活動の根幹に据え,競技部に関わる者が行動規範を遵守し,活動を通じた人間形成の場を提供してきました。 今後も引き続き,日本オリンピック委員会を始めとする各中央競技団体と連携を図り,学生アスリートとともに本学の競技スポーツの発展に向けて積極的なコミュニケーションおよび情報共有,指導体制の見直しおよび向上を目的とした研修会の実施,学生の生活・健康・就学面のサポート強化,地域やスポーツ界等の社会への貢献を行っていきます

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