【浦和レッズ】「羨ましいし、悔しい」不遇の1年半を乗り越えた柴戸海が見つめるもの…あのスルーパスこそ進化の証
【©URAWA REDS】
このシーズンに最も活躍したのは、チームの勝利に最も貢献したのは、最も成長したのは、あの選手だよね、というような――。
リカルド ロドリゲス前監督を迎えた2021シーズンにおけるシーズンMVPは、個人的には柴戸海だと思っている。
もちろん、チーム最多得点をマークしたキャスパー ユンカーの活躍は光ったし、新加入の小泉佳穂や明本考浩が放ったインパクトは小さくなかった。YBCルヴァンカップ準々決勝や天皇杯決勝でゴールを決めた槙野智章の千両役者ぶりにも唸らされた。
だが、最も著しい成長を遂げたのは、柴戸だった。
ボール奪取とデュエル、攻守の切り替えに強みを持つボランチは、リカルド前監督のサッカーのエッセンスを少しずつ吸収し、味方にとって最適かつ相手を惑わせる立ち位置を取るようになり、何気ない横パスに意図が込められるようになり、決定機につながる局面にも関わるようになっていった。
オールラウンド型ボランチの誕生――。
あの頃の柴戸に、近い将来の日本代表の姿を見た。
だから柴戸にとっての昨シーズンが、もがき苦しむ不遇の1年となったことが意外だったし、残念でもあり、もったいなくも感じられた。
「去年のもがきは、正直、必要なかったですね。自分でも、なんであんな考えをしてしまったんだろうって……」
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「もともと去年は、21年のいい感覚を残したままシーズンに入って、川崎フロンターレとのスーパーカップ(FUJIFILM SUPER CUP2022)もスタメンでしたし、(2月23日の)ヴィッセル神戸戦では点も取れて。自分の地位をしっかり築けているという感覚があったんですよね」
ところが、チームが思うように勝ち点を積み重ねられずにいるうち、リカルド監督は最適解を求めてボランチの組み合わせを探るようになる。
「自分のパフォーマンスは決して悪くないと思っても、次の試合でメンバーから外れることもあって、『え、なんで?』みたいな。試合にコンスタントに出られなくてコンディションも落ちてしまって。なんで出られないのか分からないから、『今のままではダメなんじゃないか』って、自分を否定して良さを見失い、『試合に出ている選手のようなプレーをしなきゃいけないんじゃないか』って、彼らに寄せようとして……」
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その辺りの苦悩については、昨年の浦和レッズニュースに詳しいから、そちらもチェックしていただきたいが、その一方で、周りの選手の良さを吸収する能力は間違いなく柴戸の武器のひとつだ。
21シーズンには阿部勇樹、伊藤敦樹、平野佑一の良さを、うまく自身の中に取り入れている。そのときの状況と昨年はどう違ったのか?
「その人のプレーを自分なりに咀嚼したときは、うまく取り込めるんですけど、表面的にその人の真似をしようとすると、自分の良さも消えて、プレーに迷いが生じてしまう。去年は完全にそっちでしたね」
だが、「去年抱えていた問題は、振り切ったというか、そこの迷いはまったくないです」と言うように、プレースタイルで迷走したのは過去の話だ。同じミスは繰り返すまいと誓った23シーズン、マチェイ スコルジャ新監督のスタイルをキャンプの段階から素早く理解し、アピールに努めてきた。
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それゆえ、明治大学から加入した18シーズンの堀孝史監督に始まり、オズワルド オリヴェイラ監督、大槻毅監督、リカルド監督と毎年のように指揮官が代わるチームにあって、自身の良さと戦術を一致させるのに時間を要してきた。
だが、23シーズンに関しては、柴戸自身の戦術理解度が高まり、プレーの幅も広がったこと、新監督が前任者のスタイルをある程度引き継いだこともあり、柴戸は手応えを得ながらシーズンの開幕を迎える。
4月末にAFCチャンピオンズリーグ2022決勝が控えており、マチェイ監督が前年の序列を大きく崩さなかったため、柴戸は控えに回ったものの、FC東京との開幕戦、横浜F・マリノスとの2節で連続してベンチ入り。3月8日のYBCルヴァンカップ初戦の湘南ベルマーレ戦では先発出場を飾った。
ところが、その前半に右膝を傷め、45分での交代を余儀なくされた。結果としてこのケガが、前半戦の柴戸を苦しめ続けることになる。
「3月にケガを負ってしまって、自分の思い描くものと現実にギャップができて、気持ち的にしんどい時期を過ごしました。プレーできないわけではないけれど、思うように体が動かない。自分の体と頭、心のバランスをとるのが少し難しかったですね。
ただ、ACL決勝も控えていて過密日程だったので、離脱するのではなく、やりながら治していく方針をとったんです。4月からは再びベンチに入ったり、試合に出たりしたんですけど、練習試合でまた同じ箇所を傷めてしまって。今度はしっかり時間をとってリハビリすることにしました」
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夏場を迎え、右膝にテーピングをびっしり巻きながらもチーム練習に合流した柴戸は、7月16日のセレッソ大阪戦でメンバー復帰すると、8月2日の天皇杯ラウンド16の名古屋グランパス戦、8月6日の横浜FM戦では途中出場を果たすのだ。
「ようやくです。ようやく完治に近づいてきて、今はもう自分のイメージする動きができるようになったし、怖さもなくなったので、自分のプレーを存分に出せるようになってきました」
良かった頃の自分を取り戻すだけでなく、いかにプラスαを加えられるか――。
そもそも今季のテーマとして柴戸は攻撃面でのクオリティ向上を掲げていたが、負傷を克服した今、改めてそこに積極的にトライしている。
「2年前にリカルド監督のもとでトレーニングを積んで、適切な立ち位置を取ること、首を振って情報を収集すること、ターンについては自信を持ってできるようになりましたし、武器と言えるくらいになりました。今はより攻撃のクオリティを上げていかなきゃいけないと思っています。パスの質と前に入っていくこと。そこのクオリティを上げられれば、ふたり(岩尾憲と伊藤)に割って入っていけるし、代表も狙えるようになると思っています。膝が良くなったから、自分の中ではどんどんチャレンジしていける感触がありますね」
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6日の横浜FM戦の90+9分に右サイドの酒井宏樹に送ったフィードも、90+10分に関根貴大のバックパスをダイレクトで興梠慎三に通してみせた左足のロングスルーパスも、そうしたチャレンジの賜物だ。
「ああいうパスを今は常に意識しているから、公式戦で出せたのかなって思います」
柴戸海を見ていると、その陰にふたりの選手の姿が浮かび上がる。
ひとりは浦和レッズのOBである阿部勇樹。
日本におけるオールラウンダー型ボランチのトップ・オブ・トップというべき存在で、柴戸にとっても憧れかつ目標となる先輩だ。
その阿部に追いつき、追い越すべく、昨季から22番を引き継いだものの、それがプレッシャーになっているのか、22番を背負って輝く姿を見せられない自分自身に忸怩たる思いを抱えているのではないだろうか。
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流通経済大学出身のボランチで、柴戸とは大学ナンバーワンボランチの称号を分け合ったライバルであり、ユニバーシアード日本代表では共闘した間柄でもある。
その守田はプロ1年目から川崎でレギュラーとなり、日本代表に選出され、ポルトガルへと旅立ち、FIFAワールドカップカタール2022に出場するなど、一気にキャリアを駆け上がっていった。彼我の差を目の当たりにして、焦りや悔しさを覚えないはずがない――。
「まさに、その通りですね。阿部さんに関しては、背番号を引き継がせてもらっているので、顔向けできないというか。プレッシャーはあまりないんですけど、阿部さんから『自分らしい22番にしていったらいいよ』と言っていただいたのに、自分らしい22番の姿を披露できていなくて、申し訳ない気持ちがあります。
ヒデ(守田英正)は大学時代から対戦したり、一緒に戦ったりして、意識し合ってきました。ヒデは川崎に入って1年目から活躍して、代表になって、海外にも行って。ある種の羨ましさというか、悔しさはすごくあります。何が違うんだろうっていうことはずっと考えてきました。ヒデのことはずっと見ているし、早く追いつきたいと思っています」
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柴戸は昨年の迷いについて「正直、必要なかったですね」と一度は否定したが、実はそのあと、こう続けている。
「でも、分からないです。この先、あの経験があったから今があるって思えるかもしれないし、今年のケガもそう。僕は高校時代も大学時代も、もがきというか、いろいろと苦しい経験をして、一歩一歩上がってきたので、自分らしいのかなとも思います」
だとすれば、柴戸にとって昨シーズンは、ここから大きくジャンプするために必要な、しゃがんだ状態だったと言える。
シーズンも折り返し地点を過ぎたが、8月22日のACLプレーオフステージを突破すれば、再び過密日程となる。チームが柴戸の力を必要とする瞬間は、必ず訪れるに違いない。
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そう話す柴戸が浮かべていたのは、「晴れやか」という形容詞がしっくりくる表情だった。
(取材・文/飯尾篤史)
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