「カズさんにベタベタするんじゃねーよ!」女性スタッフに向けられた辛辣な言葉 | ヴェルディと駆け抜けた30年【前編-2】
竹中百合 強化部アドミニストラティブマネージャー 【©️TOKYO VERDY】
<前編>
スーツの背中に油性ペンで書かれた辛辣な言葉
当時はアウェイゲームに女性スタッフが帯同することはなかったが、ホームゲームとなれば、決してそういうわけにはいかない。
「選手たちは男性なので、当時は基本的に、女性は遠征に参加していなかったのですが、ホームゲームは主管になるので、担当である私が行けば受付業務が完結するということで、遠征に帯同することになりました。その遠征に参加した女性が私しかいなかったこともあって、外からも目についたのかもしれません」
前述したように、絶大な人気を誇っていた当時のヴェルディは、移動の先々でもファン・サポーターが選手の姿をひと目でも見ようと、垣根を作って集まっていた。それをガードし、選手たちを守るのもスタッフの役割だった。
「電車を降りてバスに乗り換えるとき、私たちスタッフは身体を張ってファン・サポーターを抑えて、選手たちを乗車させていたんです。最後に私がバスに乗り込むのですが、それを見ていたんでしょうね。バスに乗ったあとに、背中を見たら、油性のマジックペンで『バカ』って大きく書かれていました。スーツがダメになってしまうし、正直、気分も悪いので、チームと一緒には移動したくないと言って、以後チームとは別移動することになりました」
入社2年目の1994年には広報になり、チームや選手の対応を担当することになった。当時はサッカークラブで女性が働くことも珍しければ、チームや選手を担当する役割を担うことはもっと希有だったと言えるだろう。クラブ内では、力量が認められたからこその抜擢だったが、外——ファンからは決して、そう見てもらうことは容易ではなかった。
当時・所属していた三浦知良に頼まれ、雨の日に駐車場に止めてある車まで、荷物を運ぶのを手伝ってほしいとお願いされた。傘も差さず、濡れながら荷物を運び終え、見送ったあと、クラブハウスに戻ろうとすると、背中に衝撃と冷たさを感じた。
「カズさん(三浦知良)にベタベタするんじゃねーよ!」
地面には、割れて飛び散った水風船が落ちていた。
それでも——続けてきたのは、続けられたのはやり甲斐があったからだ。
「新しい仕事もたくさん覚えられましたし、サッカークラブ、これはスポーツチームの仕事全般に言えることかもしれませんけど、毎年、同じ仕事をやっているはずなのに、同じことが一度もないんです。チームを率いている監督によっても変われば、所属している選手たちによっても変わっていく。対戦相手によっても、成績によっても、もちろん違う。だから、飽きることがありませんでした。毎年、新しい刺激が得られるんです」
そして、竹中は言う。
「最初は営業として入社したのですが、1994年の4月から広報を担当してしばらくその業務を続けてからは、プロチームである強化の仕事に携わって、そのあとは経理もやって、ホームタウン事業も担当して、また広報に戻ってスクール事業を兼務して、それで今は強化部でベレーザに携わっています。だから私、クラブのすべての部署で働いているんです」
現在はベレーザのマネージャーとして“お母さん”的存在でもある竹中 【©️TOKYO VERDY】
男性か女性かを考えることのないヴェルディの環境
「今では男性か女性かを考えることもなくなりましたよね。もちろん、ヴェルディであれば、女性はロッカールームに入らないとか、ベレーザであれば男性はロッカールームに入らないといった最低限のマナーやルールはありますけど、基本的には自分も含めて、周りも男性か女性かで判断しなくなりました」
2021年には、日本初となる女子プロサッカーリーグ、WEリーグが開幕した。竹中は今、WEリーグを戦うベレーザに従事している。だからこそ、思うことがある。
「ベレーザの選手たちは昔から、必ずと言っていいほど、この質問をされていたんですよね」
女性でサッカーをしていて困ったことはありますか——と。
そして、ベレーザの選手たちは、決まってこう答えていたという。
「考えたことがありません」
この答えがすべてだろう。竹中が30年間、このクラブで働き続けてきたように、ベレーザの選手たちも同じアイデンティティーを宿している。
「ずっとヴェルディとベレーザがあるように、このクラブは、女子サッカークラブがあるのが当たり前で、その環境で選手たちは育ってきているんですよね。だから、ずっと前から、それこそ30年前から、彼女たちはいちサッカー選手として扱ってきてもらっているんです。それこそヴェルディとベレーザはプレーヤーとしては縦関係ではなく同列、横並びなんです」
竹中が先駆者だったように、ヴェルディとベレーザもまた、日本サッカー界を切り開き、培ってきた。それはクラブにとって揺るぎない哲学の一つであり、魅力の一つになっている。
<6月12日公開予定 後編-1へ続く>
文・原田大輔/写真・近藤篤
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