<後編>なぜ川崎フロンターレはSDGsのイベントで「水曜どうでしょう」とコラボしたのか。

川崎フロンターレ
チーム・協会

【©KAWASAKI FRONTALE】

(文/いしかわ ごう)

「第1回かわさきSDGsランド」のメインコンテンツだった「水曜どうでしょう軍団、襲来!?」のコラボイベント。この企画におけるキーマンとなったのが、中村憲剛FRO(フロンターレ リレーションズ オーガナイザー)である。

言わずと知れた川崎フロンターレのバンディエラだ。昔から「水曜どうでしょう」の大ファンを公言しており、日本代表遠征時には常にDVDを持参していたというエピソードがあるほど。今回の企画を打診すると、「マジ?絶対にやろう!」と二つ返事で全面協力した。その姿勢に助けられた部分は多かったと井川宜之は話す。

例えば告知用のプロモーション映像。
各所から許可を取って作ったのはオープニングと等々力の風景だけで構成された動画で、当初は「前枠」と呼ばれるオープニング後に挿入される映像が撮影されていなかった。

「最初にオープニングの動画を見た時にあんまり面白くなかったんです。許諾を取るために事前にHTBさんに確認いただいた際、嬉野さん(嬉野雅道)から『これだと何だかわからないよね』と言われていたこともあり、もっと工夫しなければとなりました。そんな時どうでしょうの大ファンである若いスタッフが、『これ、ケンゴさんに前枠をやってもらった方が面白いんじゃないですか?』とボソッと言ったんです。そこで本人に相談したところ、『撮るよ!』と言ってくれて、『じゃあ、アカデミーの指導でクラブ事務所に来る時に30分だけ時間ください!』とお願いして撮影しました」

本家の「前枠」は、HTB社屋の隣にある平岸高台公園で撮影していることで有名だ。そこで川崎フロンターレ版も事務所の隣にある公園で撮ることにした。どうでしょうファンにはお馴染みの「土井善晴のモノマネをしている大泉洋」のオマージュで、割烹着を着た中村憲剛の口調やカメラアングルにニヤリとした人も多かったに違いない。完成度の高さは大きな話題となり、多くの動画再生数を叩き出した。告知は成功だ。

イベント当日も中村憲剛はフル稼働だった。
「ミスター」こと鈴井貴之とのトークショーを行ったのだが、実は2人は会ったことはないが10年来のメル友である。この両者のつながりも、今回の企画にも幅を生み出していった。井川が振り返る。

「ケンゴさんがツイッターで鈴井さんとやり取りをしていたので、企画の段階から協力をお願いしました。なぜ鈴井さんがフロンターレの試合会場に来てトークショーをするのか。まずそこを整える必要がありました。現在は株式会社コンサドーレの社外取締役で、その前からオフィシャルサポーターをされていてコンサドーレを心から愛している方ですから、ご出演いただきやすいように。あとはミスター同士のトークショーなので、中西哲生さんに仕切ってもらいたいと相談したところ快く引き受けてくれて、最初はこの3人でやろうと思っていました」

当初はこの3人によるトークショーだったという。しかし、就任したばかりの野々村芳和Jリーグチェアマンにも参戦してもらえることになった。その舞台裏はこうだ。

「4月にフロンパークで餅まきに来てくれたんですよ。その餅まきの時にVIPルームのラウンジで『こういう企画があるんです』と直談判です(笑)。野々村さんは『日程が合えば行くよ』とおっしゃってくれて、本当に来てくださいました。ポーカーでいえば、ロイヤルストレートフラッシュが揃ったような感覚でしたね(笑)。当日はサッカーの話もしましたが、もちろんSDGsのことも話してもらいましたし、このメンバーで話していただいたことで、来場されたファン・サポーター、そして藩士の皆さんにもSDGsに興味を持って聞いてもらえたのではと思います」

事実、当日のSDGsスペシャルトークショーの会場は、本当にたくさんの人で溢れていた。おそらくフロンパーク史上最大ともいえる集客数と賑わいを見せていたはずだ。

そしてこのトークショー中、鈴井貴之が行う始球式で、対峙するゴールキーパー役を中村憲剛が務めることが本人の口から発表されている。中村憲剛と絡ませることで、鈴井貴之の活かし方もどんどんアイディアが出てきたのだと井川は言う。

「せっかく鈴井さんに来ていただいているので、トークショーの他にももっと何かできることはないかなと考えていました。そこで始球式をもっと面白くできないかと。例えばPK対決はどうか。水曜どうでしょうでは『対決列島』という企画があるので、そういう感じで真剣に対決できればホームもビジターも盛り上がれる。だから、PK対決をやってみようと思いました」

PK対決後にフロンターレサポーターの前で挨拶をした鈴井貴之さん(右)と中村憲剛FRO 【©KAWASAKI FRONTALE】

そもそもホームゲームの始球式をビジターの取締役がやること自体、前代未聞である。それに加えてクラブレジェンドの中村憲剛がGKとして等々力のピッチに立つのだ。こうした驚きばかりの企画をサラリとやってしまうところがフロンターレの真骨頂でもある。

「フロンターレだからできることかもしれませんね。GKの人選も色々考えたんですが、鈴井さんと対決するにはやはり知名度がある人がいい。だから、『中村憲剛さん、お願いします!』と。緑色のユニフォームを準備して、026(おフロ)という背番号をつけて出てもらいました。実は26番は彼が新人時代につけていた番号でもあるんです。本人は『ガチで止めるよ』って言っていて、挨拶した時の鈴井さんは『勘弁してくださいよー』と言ってました(笑)」

ガチのPK対決の前には、サプライズもあった。
水曜どうでしょうのメインキャストである大泉洋からのビデオメッセージである。国民的俳優の登場に、等々力にどよめきが起きたのは言うまでもない。

スタジアムの大型ビジョンに映る大泉は、誰もが知っているあの口調で語り始め、「てっきりわたしはコンサドーレのホームなのかと思いきや、等々力なんですね」、「どうでもいいなって思ってはいるんですけど… 頑張ってください、ミスター」と、彼らしい投げやりなエールを鈴井に贈った。もちろん、等々力全体は爆笑だ。

「あれは鈴井さんへのサプライズということで、杉山さんがハナタレナックスの番組収録の合間に撮ってくれました。大泉さんにはサッカーの話をしなくていいし、大河ドラマの番宣でいいのでコメントが欲しいとお願いしていて、1分の尺でお願いしていたんです。でも、届いたのは3分!(笑)。始球式の限られた時間で3分はだいぶ厳しい… でも、さすが大泉さん。コメントがめちゃくちゃ面白いので削りたくはない! 結局、早めに映像を流してもらってなんとか収めました」

なお、本気のPK対決は鈴井がクロスバーに当ててしまう決着で幕を閉じている。その場に崩れ落ちる鈴井の姿も、相変わらず絵になっていた。コンサドーレサポーター側のゴールでの始球式が終わった後、鈴井は反対側のフロンターレサポーターが集うGゾーンまで走っていき、中村憲剛とともにしっかりと挨拶をした。

鈴井、藤村、嬉野はキックオフ前の贈呈式にも登場し、「地元かわさきそだち”夏野菜”」を選手に渡している。記念写真では後ろにある大型ビジョンに大泉洋が静止画でちゃっかりと映り込んでおり、4人が揃った光景はどうでしょうファンを喜ばせたに違いない。ハーフタイムには樋口了一が、古澤剛のギターとともに番組エンディングテーマ「1/6の夢旅人2002」を生演奏で披露。まさにどうでしょう尽くしのイベントとなった。

肝心の試合はというと、劇的な展開の末、小林悠の今季リーグ戦初ゴールを含めた2得点の活躍もあって、5-2で川崎フロンターレが勝利。点の取り合いで勝った最高の結果に、井川も会心のガッツポーズだ。

「イベントが大成功しても試合に負けてしまうと、やっぱり効果は半減してしまうんです。悠のゴールが決まった瞬間、スタジアムの温度が上がったのを感じましたね。初めて等々力でサッカーを見たという人に、SDGsや水曜どうでしょうがきっかけで、『サッカー面白いね、また来よう』と思っていただくきっかけ作りのための企画でもあったので、そこは本当に良かったです」

こうして「第1回かわさきSDGsランド」は幕を閉じた。
井川の取材を行ったのはイベントから数日経ってからだが、「僕はフロンターレで24年働いていますが、自分の持っている力を全て注ぎ込んだ企画になりました。本当に楽しかった」と充実感を口にしていた。それは、SDGsを知ってもらうという一番の目的を、フロンターレらしいイベントで達成できたという思いがあるからだ。

「SDGsについて、そんなに構えなくても自分がやれることをやれれば良いのかな、と来場してくださった皆さんが思ってくれればいいですね。そして川崎フロンターレ=SDGsというイメージを持っていただければ。でも、そもそも川崎フロンターレのクラブの歴史は、SDGsそのものですけどね。そして、それはフロンターレだけでなく多くの地域スポーツクラブも同じだと思います。SDGs含めスポーツが持つ大きな力に少しでも関心を持っていただくために、今回は水曜どうでしょうさんに全面的にご協力いただきました」

ちなみに「第1回かわさきSDGsランド」と銘打っているからには、来年には第2回もあるのだろうか。井川は、今後に向けて含みをもたせて話してくれた。

「社内外から来年も楽しみにしているよという声をかけてもらってます(笑)
かわさきSDGsランドで、どういうものと組んでやるのか。まだこちらが勝手にオファーを出している段階ですが、じつは一つあるんです。みんなに笑顔になってもらえるような企画ですし、フロンターレならできるのではと思っています」

――サッカークラブの可能性は無限大。

この取材時に井川がふと漏らした言葉である。サッカーには正解がないと言われているが、それはサッカークラブも同じなのかもしれない。だからこそ、身近にできることをコツコツと。そうやって一途にやり続けてきたことは決して無駄にならず、今回のSDGsにもしっかりとつながっていた。
 
今後どんな展開を見せていくのか。楽しみに待ちたい。
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著者プロフィール

神奈川県川崎市をホームタウンとし、1997年にJリーグ加盟を目指してプロ化。J1での年間2位3回、カップ戦での準優勝5回など、あと一歩のところでタイトルを逃し続けてきたことから「シルバーコレクター」と呼ばれることもあったが、クラブ創設21年目となる2017年に明治安田生命J1リーグ初優勝を果たすと、2023年までに7つのタイトルを獲得。ピッチ外でのホームタウン活動にも力を入れており、Jリーグ観戦者調査では10年連続(2010-2019)で地域貢献度No.1の評価を受けている。

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