Jクラブ経営におけるビジネス化戦略とローカル化戦略の諸相 : ABCDモデルを用いたマーケティング・ジレンマの発生可能性の推察

日本スポーツ産業学会
チーム・協会

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国内外に限らず、多くのプロスポーツクラブでは、収入を増やし、支出を減らし、利益を獲得するといった「ビジネス化戦略」を展開しながらも、同時に地域社会の一員として、地域が抱える様々な課題の解決を図るといった「ローカル化戦略」を遂行していくことが重要視されてきました。
しかしながら、国内における地域密着型のプロスポーツ経営モデルの普及に関して先導的な役割を果たしてきたJリーグでも、ビジネス化とローカル化を高い水準で両立させているJクラブはほんの一握りであり、その多くは、今もなお、自組織における経営のあり方をめぐって試行錯誤を続けているものと推測されます。

筆者らは、ビジネス化戦略とローカル化戦略を両輪としたクラブ経営を難しくしている原因が、これら2つの戦略の間で生じる矛盾や葛藤(マーケティング・ジレンマ)に見出されるのではないかと考えました。そこで、本研究では、各Jクラブのビジネス化戦略とローカル化戦略をめぐる実態を関係当事者の認知という側面から定量的に把握し、それぞれのJクラブを類型化することを通じて、Jクラブ経営におけるマーケティング・ジレンマの発生可能性について推察することを目的としました。

本研究では、はじめに、2019シーズンにJリーグに所属していた全55クラブのうち、35のJクラブからの協力を得たうえで、それぞれのJクラブが自組織におけるビジネス化戦略とローカル化戦略の実践状況をどのように評価(認知)しているのかを測定するための「ビジネス化指標」と「ローカル化指標」を開発しました。
結果として、Jクラブのビジネス化戦略については「スポーツサービスの安定供給」「経営の合理化」「経営基盤の確立」という3つの要素(因子)からなる3因子8項目、ローカル化戦略に関しては「地域連携の基盤構築」「地域スポーツの活性化」という2つの要素(因子)で構成される2因子9項目を用いて、それぞれの戦略の実践状況が測定可能であることが明らかになりました。

続いて、ここで抽出されたビジネス化指標(3因子8項目)とローカル化指標(2因子9項目)を用いて、Jクラブの類型化に関する検討を行いました。その結果、J1・J2・J3リーグのすべてのディビジョンで、それぞれのJクラブが、「先進型クラブ(Type-A: Advanced Club)」「ビジネス志向型クラブ(Type-B: Business-oriented Club)」「コミュニティ志向型クラブ(Type-C: Community-oriented Club)」「発展途上型クラブ(Type-D: Developing Club)」という4つのタイプのいずれかに分類できることが確認されました。
こうした一連の分析結果を踏まえ、先述した4タイプ(2軸マトリックス)に基づくJクラブ経営の分析視座を、各タイプの頭文字から「ABCDモデル」と命名することにしました。

このとき、先進型クラブ(Type-A)と発展途上型クラブ(Type-D)では、それぞれの指標に対する自己評価の水準には差がみられるものの、ビジネス化戦略とローカル化戦略が相乗効果を生み出すような関係性として捉えられている状況にあることが予測されます。また、先進型クラブでは、これら2つの戦略の間に生じるマーケティング・ジレンマに直面しながらも、様々な経営努力や創意工夫を通じて、ジレンマを超克した経験を有している可能性が高いことが予想されるほか、発展途上型クラブでは、2つの戦略が互いに足を引っ張り合うことで、それぞれの戦略に関わる成果が伸び悩んでしまうといった状況が発生している可能性を想定することもできます。
これに対して、ビジネス志向型クラブ(Type-B)とコミュニティ志向型クラブ(Type-C)では、ビジネス化戦略またはローカル化戦略のいずれか一方が先行することで、もう一方の戦略に悪影響が及んでしまうといったトレードオフや二律背反の状況が生じている可能性があるものと推察されます。

本研究の貢献は、ビジネス化戦略とローカル化戦略に関わる指標の構成要素を実証的に明らかにするとともに、これらの指標を用いて、各JクラブがABCDモデルのいずれかのタイプに分類できることを立証した点にあると言えます。したがって、今後は、各Jクラブの組織文化や組織構造、組織内外のステークホルダーとの関係性に生じた時系列的な変化を明らかにするために、各Jクラブの関係当事者に対するインタビュー調査を行っていくことが急務の課題となります。

組織の能力(できること)が、組織の無能力(できないこと)の決定的要因になるという先行研究の指摘を参考にするならば、ビジネス化戦略またはローカル化戦略のいずれかを推進していくために必要となる能力が確立されていくことで、逆にJクラブの経営が柔軟性を失ってしまうような状況が起こり得る、ということです。そのほか、ビジネス化指標およびローカル化指標を構成する個別の因子・項目間の関係性に着目した分析を行っていくことに加えて、各Jクラブの経営成果や活動実績に関わる客観的データを用いた検証、国外や他競技のプロスポーツクラブとの比較分析などを積み重ねていく中で、本研究で提案されたABCDモデルがより実用的な分析視座として精緻化されていくことも期待されます。


山本 悦史 新潟医療福祉大学健康科学部
中西 純司 立命館大学産業社会学部
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著者プロフィール

日本スポーツ産業学会は「スポーツ産業の健全な発展に寄与できる学会」「産官学の共同による開かれた学会」「国際性豊かな学会」等を中心テーマとし、平成2年に設立されました。 当学会が運営している「SPORTS BUSINESS ONLINE」は、論文誌「スポーツ産業学研究」、情報誌「Sports Business & Management Review」に続く第3の情報媒体として2021年に開設したWebジャーナルです。 コンセプトは「スポーツビジネスのあらゆる情報が集結するオンラインジャーナル」。 本学会が主催するセミナーや学会大会などの情報(案内・プログラム・講演録)や、論文記事情報などを中心に様々な情報を発信しています。

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