【浦和レッズニュース】[大記録まであと2試合]西川周作がこだわってきた"0"「埼スタが醸し出す雰囲気は僕の宝物」

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 プロ17年で積み上げてきたゼロの数は「161」。あと2試合で尊敬してやまない楢崎正剛のJリーグ歴代2位のGK無失点記録に並ぶ。 

 大分トリニータ、サンフレッチェ広島でキャリアを積み、現在浦和レッズで8年目を迎えている西川周作は、偉大な先輩の数字に迫っている事実を知らされると、柔和な笑みを浮べた。

「いいことを聞きました。モチベーションになりますよ。無失点はGKの目に見える一番の結果だと思っています」

 今季もすでにリーグ戦12試合でシャットアウト。今年6月で35歳を迎えたものの、安定感あるセービングは健在だ。

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 百戦錬磨の守護神は、メンタルコントロールにも心を砕く。前節のヴィッセル神戸戦では5失点を喫したが、すぐに気持ちを切り替えた。反省すべき点を反省し、前を向いている。

「これまでのキャリアでも、ずっとそうしてきました。矢印を自分に向け、次にどうすべきかを考えています」

 10月16日、本拠地の埼玉スタジアムに迎えるのは14位のガンバ大阪。1ゴールも許すつもりはない。

 たとえ、攻め込まれても、カウンターを浴びても、クリーンシートにこだわる。無失点に抑え込むことで、浦和の砦として認められてきた自負がある。

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 西の雄、G大阪が原点に立ち返らせてくれる。2014年3月1日、雨が落ちる夜の万博記念競技場で安堵した記憶が甦る。

「広島から来た1年目の開幕戦。レッズのファン・サポーターは、移籍してきたキーパーがどのようなプレーを見せるのか、きっと注目していたと思います。当時の僕は無失点に抑えることだけを考えていました。

 結果として、ガンバに1-0で勝てて、すごく気持ちが楽になったんです。最初の試合でしっかりゴールを守れたからこそ、その後もレッズで勝ち星を重ねていけたと思っています」

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 加入初年度の14年は、開幕から10試合でクリーンシートが「5」に到達した。

 そして、迎えた11節のFC東京戦。埼玉スタジアムのゴール裏からオリジナルのチャントが聞こえてきた。

 パワーみなぎる大きな歌声は、何年経っても耳に残っている。

「初めて僕のチャントを歌ってくれた試合なんです。ファン・サポーターに少しは認めてもらえたのかな、と思いました。本当にうれしくて。確か、あのFC東京戦も1-0でしたよ」

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 ホームで無失点に抑えたあと、スタンドの観客と勝利の喜びを分かち合う瞬間は、今も昔も格別。西川は試合終了のホイッスルを聞くと、決まってピッチにくるりと背中を向ける。

「無失点で勝ったぞ、という気持ちを込め、客席に向かってガッツポーズをしています。やりきった感があるので。特に埼スタでの1-0は特別。あのスタジアムが醸し出す雰囲気は、僕の宝物ですね」

 会場の電光掲示板で「0」の数字を確認するたびに、充実感がぐっとこみ上げてくる。

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 いまでこそ、ゼロへの思いを強く持っているが、アマチュア時代はそれほど意識していなかった。

 中学生の頃は試合のたびに7失点、8失点するのが当たり前。ただ、どれだけゴールを奪われても、GKのポジションを楽しむことができた。

 その考え方ががらりと変わったのは、プロのピッチに立ってから。生活が懸かった勝負の世界は、ゴールひとつで天国にも地獄にもなる。

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「たまたまゼロで抑えることなんて、絶対にできません。1試合に2回、3回はピンチが訪れますし、それを止めるか、止めないかで試合は決まりますから。運も味方につけるくらいの気持ちでいないと、無失点は厳しい」

 16年前の5月21日、プロデビューを果たしたナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)の柏レイソル戦でいきなり初完封。大分のゴールマウスを守り抜いた18歳は晴れた空を見上げ、言葉にできないほどの高揚感を感じた。

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「プロのゼロには重みがある」

 ベテランの域に入っても、ひしひしと感じている。一つのミスから失点を招くこともある。

 対戦相手が変われば、準備もまったく変わってくる。連続無失点を続けることは、なおのこと難しい。

 それでも、ゼロが3試合も継続すると、ゾーンに入ったような感覚になるという。前半をスコアレスで折り返すことができれば、勝率はぐんと上がる。

「『後半は守れる』と自信が芽生えてくるんですよ。失点しない空気が漂っている感じかな」

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 14年には7戦連続無失点のクラブ記録をつくり、今季も25節の徳島ヴォルティス戦から29節のセレッソ大阪戦まで5試合連続のゼロ行進。必然的に勝ち点も積み上がり、順位は5位まで浮上した。

 ACL(AFCチャンピオンズリーグ)出場圏内にも近づき、シーズン前に掲げた目標に手が届く位置まできている。

 10月中旬のリーグ中断期間を挟んで、仕切り直し。歴戦の勇者は、目の色を変えている。残り7試合は、すべてゼロで乗り切る覚悟だ。

「ここからですね。終盤戦に向けて、プレッシャーがかかってくる。僕はJリーグを長く経験しているから分かります。追われる立場より追う立場のほうが有利。負けたら終わりという緊張感を保ちつつ、思い切って戦えるかどうかがポイント。ゼロで終えることが、ACL出場権の獲得にもつながってきます」

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 第1ハードルのG大阪戦を越えると、2014年に自身が樹立したクラブの年間無失点記録を更新し、17戦(鈴木彩艶の4試合完封を含む)となる。

 どん欲な男は、目に見える数字だけで満足するつもりはない。先日、敬愛する楢崎に掛けられた言葉を胸に留めている。

『記録も大事だけど、周作には記憶に残るゴールキーパーになってほしい』

 西川だからこそ、送られたエールなのかもしれない。

 鋭いシュートストップに加えて、スタジアムを沸かせるキック技術はいまなおJリーグ屈指。華があるゴールの番人は勝利を手繰り寄せながら、エンターテイメント性も追求していくことを笑顔で誓う。

 これからも圧巻のパフォーマンスで"ゼロのレコード"を塗り替え続ける。

(取材/文・杉園昌之)
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著者プロフィール

浦和レッドダイヤモンズ

1950年に中日本重工サッカー部として創部。1964年に三菱重工業サッカー部、1990年に三菱自動車工業サッカー部と名称を変え、1991年にJリーグ正会員に。浦和レッドダイヤモンズの名前で、1993年に開幕したJリーグに参戦した。チーム名はダイヤモンドが持つ最高の輝き、固い結束力をイメージし、クラブカラーのレッドと組み合わせたもの。2001年5月にホームタウンが「さいたま市」となったが、それまでの「浦和市」の名称をそのまま使用している。エンブレムには県花のサクラソウ、県サッカー発祥の象徴である鳳翔閣、菱形があしらわれている。

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