記者をグイグイ引き込み、公式会見で逆質問 米野球殿堂入りを果たしたイチローが持つ“圧倒的な言葉の力”

丹羽政善

100%賛同される意見なんてつまらない

米野球殿堂入りを果たし、記者会見に応じるイチロー 【写真は共同】

 公式会見では質問数が限られる。同じようなことを聞くのは憚られるので、自分に質問の機会が回ってきたとき、もう一つ考えていた質問をぶつけた。

 すでに会見は中盤だったが、やはり、イチローの言葉には力がある。グイグイと引き込まれるのだ。

 今回、筆者が米野球殿堂に投票する前、イチローのメジャーでのキャリアを振り返った。するとそこには、必ずと言っていいほど、印象的な言葉が残されていた。記録などを達成したときだけに限った話でもない。ではイチロー本人は、言葉の持つ力をどう意識してきたのか。表現をするツールとして、言葉とどう向き合ってきたのか。

 するとまず、こう答えた。

「僕の中から出てくる言葉を選んでました。じゃないと伝わらないから。人から聞いたいい言葉、話とかって、まあいいんだけど、それってこうやって公の場で、僕が僕の言葉じゃない言葉で話したとしても、聞いている人、分かっちゃうんですよね。僕の中から、湧いてくる言葉。それを表現してました」

 そのあと、予想外の方向へ話が進んでいく。

「降ってくるのを待っていることはありました。それでも、作り上げたという感じではない。言葉っていうのは確かに、何か自分の意思とか気持ちを伝えるのに、基本的な言葉でしか伝えられないことも多いわけで、そのときに自分の言葉じゃない言葉で伝えたとしても、みなさん、話を引き出すお仕事ですから、それって感じられてきたんじゃないですか? いろんな選手、いろんな人たちと話をしてきて。どうですか? 僕が聞いてみたいぐらいです」

 今の時代、取材対象も警戒する。切り取られて、誤解を生むようなケースに発展することもある。アスリートも、取材する側にももどかしさがある――と返すと、イチローも「もちろんそうです。どの時代もそうですけど、今はそれが極端になっている印象ですよね」と同意し、同情した。

「今の記者さん達は大変だなと想像するんですけど、表現している言葉を額面通り、受け取れないんじゃないかなと。その裏側を結局とらえないといけないけど、でも、表現してないから書けない。こう思う、だけど、表現ができないというもどかしさは、現代の深刻な病とまでは言わないですけど、言葉の裏側を捉えなきゃいけない。だから、それは表現できない」

イチローの米野球殿堂入りを受け、マリナーズは背番号「51」を永久欠番にすると発表した 【Photo by Steph Chambers/Getty Images】

 そこからは、比較的自由に発信しているイチローでさえ感じているジレンマを惜しまず語った。

「僕はなるべく、自分が思っていることを表現したいと思ってます。でも、それでも難しい。現代はね。いろんなことをカバーしようとしたら、無理ですよ。もう、話なんてできない。だから、僕としては薄っぺらい会話なら何言ってもいいんだけど、深く、ちょっとこう議論を呼びそうな話題になったとき、そのときは7:3のバランスでアンチがいるといいなと思ってます」

「100%、10割ね、賛同される意見なんて、つまんないですよ。つまらないし、議論にならない、そもそも。7:3。6:4だとちょっとね、8:2でも、”賛”が強すぎるのも問題――問題ではないんだけど、7:3ぐらいのバランスを目指してるんだよね。結果だから、わかんないけど」

 言葉の力もさることながら、別の意味でも驚くのは、これらのコメントはほぼそのまま文字起こしをしただけだということ。わかりやすく順番を入れ替えたわけでもない。手も入れていない。イチローの場合、話した言葉がそのまま文章になるのである。現役時代から、まるで変わらない。

 殿堂入りを機に、久々に触れたイチローの言葉の数々。思ったこと、考えたことを言語化する能力も、やはり野球の技術、パフォーマンス同様、秀でている――いや、それが比例するからこそ、ここまでの高みにたどり着いたのではないか。

 ESPN(米有線放送局)のジェフ・パサン記者は、「シングルヒットをアートに高めた」と、イチローが殿堂入りに相応しい理由を挙げた。イチローの言葉もまた作品であり、アートと言えるのかもしれない。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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