崖っぷちリーガー 徳島インディゴソックス、はぐれ者たちの再起

独立時代に増田大輝がバットを思い切り振れなかったワケ 北米遠征で自信をつかんだ直後に「今年で辞めます」

高田博史

「今年で野球を辞めます」

 嫌いになりかけていた野球を、もう一度やり始めた理由は様々ある。そのなかの1つに「家族を元気づけたい」があったのも事実だ。家族はみんな、増田がプレーする姿を見にいくのが好きだった。大学を辞めてからというもの、両親から「大輝の応援ができなくなって、祖父母の元気がない」と聞かされている。中学生の弟、将馬にも言われた。

「毎日がもう、全然楽しくないわ」

 もう1回、おじいちゃん、おばあちゃんを元気づけてあげたい―。

 再始動するために、最も大きかったモチベーションの源は、そこにあった。

 2015年、2年目のシーズン開幕前の2月、ちょうど徳島に入団するころ付き合い始めた優香さんと入籍した。

 いま、家族を持つということがどういうことを意味するのか。頭では分かっているつもりだ。

 この1年が本当の勝負の年となるだろう。シーズンインを前に、両親の前で頭を下げた。返って来たのは、想像していた通りの厳しい声だった。

「そんな状況で結婚して。もし子どもでもできたりしたら、育てられないよ!」
「今年1年、死に物狂いで勝負するので応援してください」

 もう、自分の夢だけを追っていい状況ではなくなっている。なんとかこの1年間、NPBを目指して勝負することの了解だけは得た。

「もしこれでダメだったら、野球ができなくなるかもしれない。それだったらやるだけやって、後悔せずに終わりたい」

 それがこの1年間に臨む前の純粋な気持ちだ。だが、もしも自分にチャンスがあるのなら、NPBに行く夢をかなえて、家族にメシを食わせるようになりたい。

 自分の感覚を大事にするようになってから、守備の自信は一段と増している。遊撃手の松嶋亮太(大分大)と組む二遊間コンビが見せる守備は、特に「球際」に強かった。一二塁間、二遊間への打球を外野に抜かせず、追いついて一塁でアウトにしてしまう。

「さばけるなって自信がすごくあって。球際の強さはすごく、自分のなかでも光ってましたね」

 1年目の成績は打率・263、26打点、1本塁打、11盗塁。22犠打はリーグ1位の数字だった。2年目の課題となったのは、打撃である。守備とは打って変わって、大きな焦りを感じている。もっと打撃が良くなれば、いまのようにプレッシャーを感じることなくプレーできるのだろう。1試合で3安打を打ったとしても、次の日に打てなければ数字は下がってしまう。毎試合、毎試合、1安打を打つことを目標にしているが、やはり難しい。

 この2015年、徳島は体制が変わっている。島田直也監督に代わり、中島輝士コーチが監督を務めることになった。武藤コーチはそのままに、徳島出身の牛田成樹コーチ(元・横浜)が投手を指導する。

 シーズン序盤、増田の打率は1割台と低迷を続けたまま、一向に調子が上がってこない。

「ヤバイな……。打てる気がしない」

 そう言って苦しんでいる増田を見かねて、中島監督はいくつかアドバイスを送っている。

「こうやって打ってみろ」
「あ、なるほど……」

 少しコツをつかんだ気がする。調子はゆっくりと上がり始めた。

 四国リーグはこの年、初の北米遠征を行っている。前期リーグ戦終了後の6月7日に成田を出発し、7月1日に帰国するまで、アメリカ、カナダを転戦しながら北米独立リーグ「キャンナム・リーグ」と公式戦17試合を行う1カ月間の武者修行だ。

 選抜チームの監督を務めるのは、台湾での監督経験もある中島監督だ。5月29日、発表された選抜メンバー29人のなかに、増田の名前もあった。

 北米遠征では、野手としては最多となる15試合に出場している。独立リーグとはいえ、肌で感じる本場のベースボールから学ぶものも多い。特に打撃について気づいたことがある。

「向こうのバッターはボール球を振らないんです。それは守ってる身からしても、すごく嫌だなってあらためて思ったし。ピッチャーの球が動くので、どれだけ自分のポイントまでガマンして呼び込んで、どう力を入れてジャストミートできるか? っていうのは、試行錯誤しました。自分のなかで勉強になりました」

 北米遠征に出ていた6月、そして帰国後にNPB2軍などと交流戦を行った7月は打撃も好調だった。徳島がオリックス2軍と対戦し、9対7で勝利した交流戦(7月14日、ほっともっとフィールド神戸)では、3安打1打点と結果を残している。

 8月1日から後期リーグ戦が始まる。NPBにアピールできる最後の3カ月であると同時に、増田にとっては特別な3カ月である。

 7月のある日、練習が終わったときのことだ。帰ろうとしていた中島監督のところに増田がやってきた。

「ん? どした?」
「今年で辞めます」
「おい、ちょっと待て!」

 突然の告白に、慌てたときのことを中島監督が述懐する。

「『辞める』って言ってきたからね。『監督、もう今年で……』って言うから、『なんだ。子どもでもできたんか?』って冗談で言ったら『はい』って言うからさあ」

 9月に長男が生まれる。両親の話していた心配が、現実の問題としてのしかかってきている。

 ドラフトの結果ですべて決まる。指名されなかったら、もう野球は辞めよう。増田の決意は揺るがなかった。

書籍紹介

【画像提供:カンゼン】

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とび職、不動産営業マン、クビになった社会人、挫折した甲子園スター
諦めの悪い男たちの「下剋上」

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