【大谷翔平「50-50」の舞台裏・後編】無二の記録保持者となった大谷が語る、歴史を塗り替える醍醐味とは?
誤算だった「プラン通りのカーブ」
【参照:MLB.COM GAME DAY】
ここまではマーリンズバッテリーの計算通り。
実は試合前、マーリンズのピッチングストラテジスト(投手戦略コーチ)を務めるブランドン・マンに、「どう大谷を攻める?」と聞くと、2011年と12年に横浜ベイスターズで、19年には千葉ロッテマリーンズで投げていたマンは「まずは内角、もしくは高めのボール球を振らせて、カウントを稼ぎたい」と明かしてくれた。
「そこから、その投手がカーブを投げられるなら、内角低めにワンバウンドでもいいから投げて、振らせたい。カーブを投げられないなら、内角高めに真っすぐを投げて、振らせる。それが基本パターンだ」
ただ、いずれも少しでも甘くなれば、長打のリスクがある。
「でも、そのリスクを取らなければ、大谷は抑えられない」とマン。「1試合目、2試合目は、比較的うちの投手は、そのプラン通りに攻めていたと思う」。
3球目、バウマンはプラン通り、ワンバウンドになるカーブを投げた。しかし、そこで誤算。大谷が振らなかったのである。
こうなるとややこしくなる。4球目は、内角高めに真っすぐを投げて振らせるか、もう一度、低めにカーブを投げるか。バッテリーの選択は後者だった。ところが、高さが中途半端。ほぼ真ん中のカーブを大谷は左方向に角度をつけた。大谷らしい、反対方向への放物線。右翼席のファンはがっかりしたかもしれないが、大谷を知っていれば、向かうべきは左中間だった。
歩かせることなく、大谷翔平との勝負を選んだマーリンズのバウマン(写真手前) 【Photo by Chris Arjoon/Getty Images】
「50-50」以外のMLB唯一の記録とは?
そのことを知る由もない大谷には、九回にも打席が回ってきて、それが冒頭のやりとりにつながる。
その時点で5打数5安打、2本塁打、2二塁打、1シングル。三塁打でサイクルという状況。野手が投げていたことを考えれば、ヘルナンデスが言うように、狙うこともできたかもしれない。だが、結果はこの日3本目の本塁打。右中間席の最上段に打球が消えた。
ちなみに1試合6安打は、75回記録されている。同3本塁打は668回。同2盗塁は214,646回。生涯かけて、1試合6安打、3本塁打、2盗塁は過去、タイ・カッブ、サミー・ソーサ、ショーン・グリーンら11人が記録しており、大谷が12人目。
しかし、1試合でそのすべてをマークしたのは大谷が初めて。大谷は「50-50」以外にも、メジャー唯一の記録をマークした。
ところで、歴史を作る、あるいは塗り替えていく。そこにはどんな醍醐味があるのか。大谷に聞くと「今までの記録は、やってる人が少ない中でのというか、そういう記録が多かった」と言ってから、こう続けた。
「そういう意味では比較対象が多い中での、新しい記録という意味では、自分の中でも違いはあるかな」
やっている人が少ない、といっても、そもそも他の選手はスタートラインにさえ立てない。その時点ですでに別格だが、後者は全野手が対象。比較対象が多いどころではない。おそらく今後、「50-50」という記録は破られないのではないか。同様に10勝、二桁本塁打、投打の規定到達といった二刀流ならではの記録も、大谷以外に更新する選手は、現れないはず。
大谷は毎年、それまでの自分を超えることを一つの目安にしているが、こうなると、これ以上があるのか――。その想像すら困難になってきた。
9月20日のロッキーズ戦、1回の打席に入る際に大歓声を受け、ヘルメットを取って応える大谷翔平 【写真は共同】