週刊MLBレポート2024(毎週金曜日更新)

【大谷翔平「50-50」の舞台裏・後編】無二の記録保持者となった大谷が語る、歴史を塗り替える醍醐味とは?

丹羽政善

誤算だった「プラン通りのカーブ」

 果たして、50号はその打席で飛び出したが、バウマンの配球は決して悪くなかった。

【参照:MLB.COM GAME DAY】

 初球、内角のナックルカーブを大谷が振ってファール。2球目は高めのボール球だったが、これも大谷が追いかけてファール。あっという間に追い込まれた。

 ここまではマーリンズバッテリーの計算通り。

 実は試合前、マーリンズのピッチングストラテジスト(投手戦略コーチ)を務めるブランドン・マンに、「どう大谷を攻める?」と聞くと、2011年と12年に横浜ベイスターズで、19年には千葉ロッテマリーンズで投げていたマンは「まずは内角、もしくは高めのボール球を振らせて、カウントを稼ぎたい」と明かしてくれた。

「そこから、その投手がカーブを投げられるなら、内角低めにワンバウンドでもいいから投げて、振らせたい。カーブを投げられないなら、内角高めに真っすぐを投げて、振らせる。それが基本パターンだ」

 ただ、いずれも少しでも甘くなれば、長打のリスクがある。

「でも、そのリスクを取らなければ、大谷は抑えられない」とマン。「1試合目、2試合目は、比較的うちの投手は、そのプラン通りに攻めていたと思う」。

 3球目、バウマンはプラン通り、ワンバウンドになるカーブを投げた。しかし、そこで誤算。大谷が振らなかったのである。

 こうなるとややこしくなる。4球目は、内角高めに真っすぐを投げて振らせるか、もう一度、低めにカーブを投げるか。バッテリーの選択は後者だった。ところが、高さが中途半端。ほぼ真ん中のカーブを大谷は左方向に角度をつけた。大谷らしい、反対方向への放物線。右翼席のファンはがっかりしたかもしれないが、大谷を知っていれば、向かうべきは左中間だった。

歩かせることなく、大谷翔平との勝負を選んだマーリンズのバウマン(写真手前) 【Photo by Chris Arjoon/Getty Images】

「50-50」以外のMLB唯一の記録とは?

 さて、打球は左中間のバーがある場所に落下したが、凄まじい争奪戦が繰り広げられた。その場所にいたファンがSNSに映像をアップしていたが、最後は折り重なるようにして取り合いになっている。最初に取ったのはマイアミ在住の高校生だったようだが、もみくちゃになるうちに奪われたという。証拠ビデオがあるなら、バリー・ボンズのシーズン73号(2001年)のときと同じように裁判になるかもしれない。

 そのことを知る由もない大谷には、九回にも打席が回ってきて、それが冒頭のやりとりにつながる。

 その時点で5打数5安打、2本塁打、2二塁打、1シングル。三塁打でサイクルという状況。野手が投げていたことを考えれば、ヘルナンデスが言うように、狙うこともできたかもしれない。だが、結果はこの日3本目の本塁打。右中間席の最上段に打球が消えた。

 ちなみに1試合6安打は、75回記録されている。同3本塁打は668回。同2盗塁は214,646回。生涯かけて、1試合6安打、3本塁打、2盗塁は過去、タイ・カッブ、サミー・ソーサ、ショーン・グリーンら11人が記録しており、大谷が12人目。

 しかし、1試合でそのすべてをマークしたのは大谷が初めて。大谷は「50-50」以外にも、メジャー唯一の記録をマークした。

 ところで、歴史を作る、あるいは塗り替えていく。そこにはどんな醍醐味があるのか。大谷に聞くと「今までの記録は、やってる人が少ない中でのというか、そういう記録が多かった」と言ってから、こう続けた。

「そういう意味では比較対象が多い中での、新しい記録という意味では、自分の中でも違いはあるかな」

 やっている人が少ない、といっても、そもそも他の選手はスタートラインにさえ立てない。その時点ですでに別格だが、後者は全野手が対象。比較対象が多いどころではない。おそらく今後、「50-50」という記録は破られないのではないか。同様に10勝、二桁本塁打、投打の規定到達といった二刀流ならではの記録も、大谷以外に更新する選手は、現れないはず。

 大谷は毎年、それまでの自分を超えることを一つの目安にしているが、こうなると、これ以上があるのか――。その想像すら困難になってきた。

9月20日のロッキーズ戦、1回の打席に入る際に大歓声を受け、ヘルメットを取って応える大谷翔平 【写真は共同】

 9月20日(現地時間)、地元に戻ってきてからの初打席。ファンのスタンディングオベーションが鳴り止まず、バッテリーが間をとった。大谷は、ヘルメットを取って、大観衆の声援に応えた。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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